橙色の午後
ステージ版のつなぎの部分。
ムーア・リッカートンは二十代も半ばなのに、未だにタバコを吸っていると、周りの大人たちが苦い顔で見てくることを知っていた。
背が低い、目が大きい、童顔。それが彼のコンプレックスだった。
プライマリー・スクールまでは自分と大して身長が違わなく、女の子のようだったグレッグは、セカンダリー・スクールに入ると急に背が伸び、男らしくなっていった。ウルフがいる頃は線の細い印象があったキアランは、様々な事件の後に体を鍛えるようになり、細いながらも引き締まった体と、組織に入り、その冷静、冷徹な工作活動で一目置かれたことにより、誰からも認められる男になっていった。
いっか、キアランのようになりたい。近くで見てきてそう思うようになった。
「今度の作戦は、絶対 成功させないとな。」
店から外に出る扉を開けながら、そう呟いた。
北アイルランドのIRAは、常に武器不足に悩まされていた。密かに南のIRA暫定派と連絡を取り、武器の密輸を試てきたが、ここ最近 摘発が続いていた。そこで彼らはイギリス軍の武器庫に目を付けた。アルスター警察を襲うより、最新鋭の武器が豊富に揃っているはずだ。
今回、初めてキアランがムーアを作戦に加えたのだった。
扉を開けてすぐ目に入ったのは、ブルネットの女性が店の外の壁にもたれ、少し息苦しそうにしている姿だった。
「大丈夫ですか?」
後ろから覗き込むように尋ねると、女はハッと振り向き、一瞬 拒絶しようとしたが、ムーアの顔を見て 何かを思い出したようだった。一呼吸つくと静かに言った。
「大丈夫です。少し、立ちくらみがしただけ…。」
女はゆっくりサングラスを外した。
「キャスリーン・フラー!」
ムーアは驚きのあまり大きな声を出しそうになり、自分の口を覆った。一度ならず二度までも 憧れの女優に会えて、有頂天になったが、周りをキョロキョロと見回し、自分があげた声で周囲に気づかれなかったかを確認した。普段あまり人通りがないこの辺りだったが、昼時ということもあり、多くの人が行き交っていた。人々は話しながら楽しそうに笑ったりと、ザワザワした感じでムーアの声はかき消された。
女優は髪を払い、体勢を立て直してムーアを見た。
「あなた、優しいのね。」
その美しさは、ムーアが今まで見た女性には全くないレベルだった。"エリン"で会った時より近い位置だったので、普段緊張しないムーアも言葉に詰まって赤くなった。女優は男のそういった反応を何度も見てきているので、相手が自分の掌中にあることをよく分かっていた。
「ありがとう、もう大丈夫。」
「あの、こんな時に申し訳ないんですけど、サイン頂けますか?ぼく、すっごいあなたのファンで…。」
ムーアはポケットを漁ったが、幾ばくかの紙幣と硬貨以外はライターしか出てこなかった。女優は何も言わずにクラッチバッグから名刺サイズのカードを取り出した。この手のファンだ、と近づいてくる男に渡すためにいつも用意しているものだった。それが、手っ取り早い退散術だと知っていた。
「どうぞ。」
美しい刻印のしてあるカードに彼女のサインが書かれていた。受け取った瞬間、香水の香りがした。
「あ、あ、ありがとうございます!」
女優は不敵な笑みでサングラスをかけ直すと、帽子の角度を変えて去って行った。
ムーアはその後ろ姿が2ブロック先を曲がるまでボーっと見ていた。
「ムーア、何してんだ?」
うしろからウルフが覗きこんだ。ハッと気づくとミアが下からも見上げていた。
「うわぁ!あー、びっくりした〜。」
「ランチ、食べに来ようとしたんだけどさ、時間的に混んでるかな、と思って 少し時間ずらしてミアと散歩してたら、ホット・ドッグに釣られて…。」
よく見ると、ミアの口の端にはうっすらケチャップが付いてた。
「これ、ウルフに買ってもらったんだ!」
ミアが嬉しそうに絵本をムーアに見せた。
もう片方の手にはイヌのヌイグルミを持っていた。
「あ、ヨハン!」
ムーアがヌイグルミを指差して、そう言った。
「ちがうよ!ジョンだってばぁ!もう。」
ミアがムーアに少しふくれて言い返すと、ウルフが吹き出して大声で笑った。
なかなかレプラが登場できず…