フィール・ブルー
マクギネス家の書斎の窓に雨がカタカタと打ちつけていた。
ウルフとミアはホテルからここに移り、ようやく 暮らせる程度の生活用品を揃えた。もちろん、長くここに暮らす気はないので、最低限のものだ。
ウルフはデスクに書類をぼすっと置き、昔のようにその端に腰を浅く掛け、書斎を見渡した。
ここには、楽しい思い出も、苦しい思い出も、切ない思い出も、全てが詰まっていた。
キアランたちと寝転がりながら絵本を読んだ床、ベルと初めてキスをした書棚の前、父が泣いていた大きな椅子、母の葬儀の日に霞んで見えた窓の外。懐かしさと、息苦しさが胸と喉の奥を締め付けた。
ウルフが感傷に浸っていると、開け放った書斎のドアの向こうから何かのメロディーが聞こえてきた。
ウルフはゆっくり書斎を出て廊下に足を運ぶと、書斎と元両親の寝室の間にある子供部屋からミアが歌を歌っている声がした。
開けっ放しのドアから部屋を覗くと、ミアが自分できれいにメイキングした、あのお気に入りのベッドに座り、ジョンを膝に乗せて"ダニー・ボーイ"を歌っていた。
"ダニー・ボーイ"は元々アイルランド民謡の曲に、1913年、ウェザリーが出征する子供を想う親の歌として詞をつけ、世界的に有名になった。
ミアはこの国に来て、初めて覚えた歌を拙く歌っていた。幼い、か細い声で。
And I shall hear,though soft,your tread above me
私のお墓の上をあなたがそっと歩くとき
And all my grave shall warmer,sweeter be
あたたかさと愛しさで包まれるでしょう
For you will bend and tell me that you love me
私の墓石の前に跪き、私に愛していると言ってくれるなら
And I will sleep in peace until you come to me.
ただ、あなたが戻って来るまで安らかに眠っています
ウルフはその歌声に、涙が頬を伝うのを感じた。教会でバラに囲まれた自分の母の顔を、そして、ミアを庇うように抱いていたその母親の最後の顔を思い出した。
「…ミア…」
ウルフは母が昔ウルフのために絵を描いたベッドの傍らに腰掛けた。
「俺を、恨んでないのか?」
ミアはビックリして目を大きく見開いた。
「どうして?!」
「俺は、お前の母親を殺した。…お前には、俺を殺す権利があるんだ。」
「ぼくが、ウルフを?!」
彼はミアの頭を優しく撫でた。
「ああ…」
ミアは大きく左右に首を振った。
「…ぼく、ママは大好きだったよ。でも、ウルフのことも大好きだから、ウルフが死んだらイヤだもん。」
ウルフの目からとめどなく涙が流れ、ニッコリ笑ったミアをギュッと抱き寄せた。
「ミア…」
雨音はだんだん強くなり、静かな夕方の街に音楽を奏でていた。