トゥルー・カラーズ②
天気の悪い日はいつも心が重くなる。
つまり、ここでは心が重い日の方が多い。
ムーアにとっては毎日が鈍色だった。
自分が日々監視されているのだろうという緊張感、身内を捕らわれているという恐怖感、嘘をついているという罪悪感・・・。
正気を保つのがやっとな日々に、身も心もギリギリだった。
正直、キアランやグレッグが助かったのにはホッとした。奴らの狙いとしては今回の計画をとん挫させることが第一の目標であったろうが、「黒きナイフ」と言われるキアランを消すことができれば、恐らくIRAの信管を抜くことに値する。
ウルフに助けを求めていなかったら・・・ムーアは自分の心の中に潜む良心を複雑な気持ちで掻き出したのだ。
武器庫襲撃事件の後、しばらくアイリスからの連絡は途絶えていた。
その日、ムーアは青い顔で”エリン”に寄らず仕事から戻り、フラットの鍵を開けた。一日全く”エリン”に寄らない、ということは今まで殆どなかった。先日の会話でグレッグが何かに気づいていると察知し、気が重かった。家に戻る頃には朝から降り続いていた雨が止み、珍しく陽が差してきた。
今日の仕事は2件だけで、かなり早く終わったので、部屋に入ると西日がリビングにさしているのが玄関から分かったが、それが”シャッ”という音と共に遮られた。
恐る恐るリビングに入ると、そこにはカーテンを閉めた前で振り向くアイリスが立っていた。
「お帰りなさい。」
いつかの映画で観た一場面を思い出した。その映画を見た時は、スクリーンに映し出される女優の美しさに圧倒され、見惚れていた。しかし、今のムーアにとって彼女は恐怖の対象でしかなかった。
アイリスは更に青ざめて、言葉を失っているムーアに近寄り、右手を彼の左胸に置き、それをゆっくりと首を伝い、頬まで伸ばした。
「待っていたの。次の計画の話が聞きたくて。」
ムーアの体は硬直し、冷や汗が噴き出すのが分かった。女はそれを知っているようにニヤリと笑った。
「もう、無理だ!キアランは前回のことでスパイがいることに気が付いている!」
ムーアはアイリスの手から逃れようと一歩下がって体を離した。女はフッと笑ってリビングのソファに座り、その前に置いてあったタバコを取り出し、火をつけて「フーッ」と煙を吹き出した。
「・・・あなたが疑われているの?」
「いや、ウルフのことを・・・でも、バレるのは時間の問題だ。」
キアランは今、混乱している。昔のキアランなら、ウルフを疑うことは絶対なかっただろう。しかし、ムーアが共に行動してきた中でも、今回の失敗は彼らにとってかなり手痛かった。死線を共に超えてきたムーアやグレッグより、ウルフを疑うのは今の段階では自然なことだ。だが、これ以上失敗が続くようなら、計画そのものに携わったムーアの方が分が悪くなってくるのは火を見るより明らかだった。
女は少し目を伏せて考え事をしているようだったが、タバコをその細く長い指に持ったまま右手の親指の爪を噛み、ニヤリとした。
「だったら、あなたに疑いの目が行かないようにすればいいのよ。」
「どうやって?これ以上動けば、怪しまれる。・・・お願いだ、親父とおふくろを返してくれ!」
アイリスはタバコを灰皿にひねり、足を組みなおしてムーアを見た。
「いいわよ。でもね、あなたは一度あのキアラン・オ・ニールを裏切っている。私の一言で、親子ともども殺されるのが落ちよ。」
「…じゃあ、どうすればいいんだ!」
アイリスは立ち上がり、ムーアの首に両手を伸ばしてその手を彼の首の後ろで組んだ。
「…黙って、見てらっしゃい。」
そう言うと、不敵な笑みを浮かべた。