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エリンの大地に  作者: 倉崎りん
第二章 濃紺の空
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トゥルー・カラーズ①

 IRA上層部と連絡を中継するのは、フット・ワークの軽いムーアの役目だった。


 大抵は接触者の"スカル"と呼ばれる男からマーケットの中で耳打ちをされる。重大な、あるいは情報量の多い内容の時は、日時を指定されてそこに赴く。


 スカルはシルバーに染めた髪、右が茶色、左がブルーのいわゆる"オッド・アイ"と呼ばれる目を持つ飄々(ひょうひょう)とした男だった。


「"黒きナイフ"が初めて失敗したようだな。」


 スカルがニヤリと不敵な笑みを向けた。それは(あざけ)っているというより、右唇を上にあげただけの、機械のような表情だった。


「何か、上はそれに対して言ってきてるか?」


 タバコを取り出し火をつけて、スカルがフーッと煙を吐き出した。


「…いや…。今のところ。例のデリーでの警護以外はね。」


 昼下がりのマーケットは、活況を呈していた。朝早く店をオープンさせるため、既に店じまいをしようとしてる店員、買い出しに来た飲食店の者、一般の買い物客と、肩をぶつかり合いながら買い物をしている人々を、マーケットの一歩下がった細い路地で横目で眺めながら二人は慎重に話した。


「それ、読んだら燃やしてくれよな。近頃じゃMI5が介入してくるんじゃないかって、ヒヤヒヤだぜ。RUCやスコットランド・ヤードの連中とは桁違いだからな。」


 スカルは地面にタバコを捨て、左足でギュッと踏みつけた。


「ヤツラはイギリス国内専門だろ?北まで遠征はしない方針だと聞いている。」


「いや、表向きはな。だが、内務大臣の管轄下にあり、SASとの繋がりから言って、絡んでいる可能性はある。

 諜報(ちょうほう)機関だからな。」


 ムーアは頭の片隅に、紡績工場にいた連中を思い出した。


「とにかく、身の廻りに気をつけろ。オレたちが言うのもおかしいが、近頃どうもキナ臭い。」


 そう言うと、スカルはフードを被り去って行った。


 ムーアは紙片を燃やさず、ズボンのポケットに突っ込んだ。


挿絵(By みてみん)


 ********************


「ムーア、最近 顔色が冴えないな。」


 "エリン"に入って行くと、グレッグがカウンターの中でコップを拭きながらムーアの顔を見て言った。カウンターを挟んだ席にはイネスが座っていた。


「そりゃ、お前のようには顔色いいはずないだろ。世の中バラ色だもんな。」


 ムーアは無理におどけてグレッグとイネスを見た。グレッグはカウンターから出てきて、ムーアの肩に手を回した。


「俺が言ってるのは、そんなことじゃない。漠然としてだけど…お前のことが心配なんだ。」


 ムーアは一瞬にして血の気の引いた顔になった。胸が詰まり、グレッグの手を震えながら払った。


「なに言ってんだ・・・俺のことより、彼女とのことを考えろよ・・・。だからゲイと勘違いされるんだよ。」


 無理して冗談を言い、笑顔を作っていることは、グレッグに見透かされているだろうとムーアも感じた。グレッグはため息をついてそんなムーアを眺めた。


「キアランはいるんだろ?」


「ああ、地下に。」


 ムーアは地下への階段を下って行った。


「変…だった?」


 イネスがグレッグにきょとんと聞いた。


「あいつは、意外と繊細なんだ。隠していることがあって、それを指摘されると鼻の頭に汗をかくんだ…。」


「何でも知ってるのね。」


 イネスはクスリと笑った。グレッグは照れながらイネスの方を見た。


「あいつは両親に可愛がられて育てられたけど、俺は小さいころから片親で、親父はこの店を切り盛りするので忙しかった。もちろん、不自由なく育ててもらったけど、本当に一番身近で、一番いつも一緒にいたのはあいつなんだ・・・。だから、あいつの変化はすぐわかる。」


「あなたにとって、大事な家族のような存在なのね。」


「…そうだね。」


 グレッグはカウンターに戻って再びグラスを拭き始めた。


 ********************


 地下の大きなテーブルの前にキアランが座ってテーブルに足をかけていた。その顔にはあざや傷が残り、青白い顔はまるで生気を感じなかった。


「キア、スカルから指令を言付かった。2か月後の13日の日曜日に公民権運動のデモが予定されている。イギリス側にそれを阻止しようという動きがある。デモ隊の行進の前に活動家のブラーニーの演説があるが、その警護を秘密裏に行えと・・・。」


 キアランは寄りかかった椅子の背もたれに頭を乗せ、左手でゆっくり髪をかき上げながらムーアに気怠く聞いた。


「・・・上の連中は、この間の作戦の失敗に、俺に何か制裁をするつもりはないのか?」


 ムーアは慌てて両手を左右に振った。


「まさか!キアほどの腕の男を消すことも、手放すこともないさ!」


 結局・・・籠の鳥ということだな・・・とキアランは心の中で思った。脳裏にはウルフの姿が浮かんでいた。この国を出てから様々な世界を渡り歩き、キアランの目には彼が自由な鳥のように思えていた。それをドン!と振り払うように(こぶし)をテーブルに叩きつけた。


「・・・今回は慎重に事を進めなければ・・・。スパイがいるかもしれないからな。・・・・この借りは、必ず返す。」


 そして、立ち上がるとムーアの目をギッと(にら)み、冷たく言い放った。


「いいか、この計画のことは、一切ウルフには話すな。」


 ムーアは大きく息をのみこんだ。


「キアラン・・・」


 キアランは地下室から地上に上がる階段を静かに上って行ってしまった。


 ムーアは罪悪感に(さいな)まれて地下室のぼんやりした明かりの下に立ち尽くしていた。




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