ヘブンリー・ブルー シャドウ
手を伸ばせば触れることのできる関係は、分からない。
相手がそこにいても、心は居ないかもしれない。
じゃあ、逆は?
心がここにある事を知っているのに、手を伸ばしても、掴むことができない。いや、そこに居るし、抱きしめることもできる。
でも、多分 手に入れることは出来ない。
グレッグはイネスと距離が近くなればなるほど、そう感じた。
その感覚がどこから湧き起こるのか、本当は気づいていた。それでも、自分を止められなくて、その葛藤の狭間で悩んでいた。
あの日から毎日のようにグレッグとイネスは時間に都合をつけて短い時間でも会っていた。"エリン"の開店前や、午後2時過ぎから5時までの店を閉めている時間、あるいは週に一度の木曜定休日、安息日、二人で少しでも話せる時間を持ち、共に過ごした。
ある日、イネスはずっと聞けなかったことをグレッグに尋ねた。
「お願い、グレッグ…。教えて欲しいの。危ないことをしているの?何のために?」
イネスの脳裏には、あの日 傷や泥や血でボロボロになっていたグレッグの姿が焼き付いていた。
「…それは、言えない。君にも迷惑がかかる。」
「なぜ?」
グレッグは、ずっと心の奥にしまっていたことを、静かに広げた。
「君は、イギリス人だろ?一見、すぐには分からないけど、たまに出てくる発音や、何より雰囲気が、ここの連中とは全然違う。」
イネスの目は一気に滲んでいった。子供の頃、父が北アイルランドへ仕事でイギリスから派遣されたために長くベルファストに住み、逆にロンドンに戻ったのはカレッジ進学から。どちらかというと、感覚的にイギリス人、という意識はなかった。
「…イギリス人の女は、嫌い?」
イネスは恐々その言葉を口にした。
グレッグはうつむいて首を振り、ゆっくりと彼女の方を見た。
「俺たちが嫌いなのはイギリス政府で、イギリス人じゃない。それに、君を嫌いになることなんて、俺には出来ない。」
「だったら、危ないことはしないで。」
彼女はグレッグの腕を不安げにギュッと握った。彼は、イネスを抱き寄せてキスをし、彼女の目をじっと見た。
「…本当は、戦いたくなんか、ないんだ…。」
「じゃあ、どうして?」
「俺たちはこのエリンの大地に誓い合ったんだ。」
グレッグの顔は、今までと違った。決然としてブレない意志を持った顔をしていた。
「差別や貧富の差を無くして、もう一度 昔"エリン"と呼ばれていた このアイルランドを一つにしょう、って。」