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エリンの大地に  作者: 倉崎りん
第一章 白い花
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琥珀の惜別

ウルフの過去が垣間見える本編への導入部です。


ここではウルフの出生の話に少しだけ触れられていますが、それについてと、ベルとの関係は一幕終了後「琥珀…」系番外編にて。


この章は王立裁判所爆破事件数日後、へ話が戻ります。

「ウルフ、買い出しにマーケットに行ってくるけど、留守番頼んでいいか?」


 グレッグがカウンターに片肘(かたひじ)をついたまま、ボーっとしているウルフに尋ねた。先日の爆破事件の後、キアランとウルフは口をきいていなかった。それどころか、それぞれの過去を知ってから、邂逅(かいこう)することもなかった。激しい主張をぶつけ合い、クールダウンが必要なのをお互いが知っていたからだ。


「ミア、美味しいカップケーキのお店があるんだ。荷物運ぶの手伝ってくれたら、ご馳走するぞ。」


「うわぁ!いきたい!」


グレッグは上の空のウルフを一人にしてやろうと気を遣った。ミアがあまりに目をキラキラさせて見てくるので、ウルフは何も言えなくなった。


「いいよ。二人で行ってきなよ。クローズになってるんだろ。俺、待ってるよ。」


 あの日以来、ゼルダは体調を崩し「エリン」に来ていないし、ムーアは見かけても忙しそうにすぐに出て行ってしまう。どうしたらもう一度、彼らと胸襟(きょうきん)を開いて話ができるのだろうか…。特にキアラン…子供のころは、いつもお互いが考えていることが何となく分かった。だから、あんな激しい言い合いをしたのは初めてっだった。考えれば考えるだけ、自分の不甲斐(ふがい)なさに辟易(へきえき)してしまい、ウルフは両手でくしゃくしゃと頭を掻いた。


「じゃあ、行ってくるね。」


手を振るミアとグレッグに手を振り返して見送った。


「ふ〜。」


二人が出て行き、手持ち無沙汰になってバサッと新聞を開くと、衝立の裏から鐘の音がした。忘れ物かな?と振り向いた先に、ベルが立っていた。


「あれから、いくら連絡してもホテルに訪ねて行っても、留守にしてるから…。」


ベルはカツカツとウルフが座っていたカウンターに近づいた。


「会いたくなかったんだ。ただ、それだけ。」


ウルフは新聞に目を戻した。どうにか平静を保とうとしていた。


「知ってるわよ。」


「じゃあ、帰ってくれないか。」


「どうして?」


ベルが新聞に手を掛けて、ウルフを覗き込もうとした。ウルフはバッと新聞を下げ、ベルとは反対側を見た。


「もう、やめて欲しいんだ。俺は、あの14歳の頃とは違う。」


ベルは悲しく微笑んだ。


「私も、21歳の大学生ではないんですけどね。」


ウルフはずっとベルを見ないでいた。ベルは静かにウルフの座っているカウンター席の隣に座った。


「あなたのお母さまが亡くなったのは、私のせい?お父さまと血が繋がっていないのは、私のせい?」


ベルは、それが彼の心を(えぐ)る言葉だと知っていた。ウルフは新聞を落とし、カウンターに肘をついて手を組み、祈るように(こうべ)を垂れた。


「ちがう…違うんだ。俺は、君に(あらが)えない。側にいると、君のことが頭から離れなくなって、他のことはどうでも良くなってしまう。だから 結婚したと聞いて、ホッとしたんだ。でも…この間の夜、そんなことはちっとも防波堤にならないことが分かった。やらなければならないことも、冷静に考えなければならないことも、山ほどあるのに、目を見たら、君に触れたら、俺はどうすることもできなくなってしまう。」


ベルはウルフが苦しそうに話す言葉を一つ一つ聞いていた。それが終わると、左手の薬指から指輪を外し、ウルフの前に置いてあった、水の入ったタンブラーの中にそれを入れた。


「わたしは、嘘つきなの。結婚、してないわ。子供が二人、なんて、ウソ。」


長い沈黙が続いたあと、再びベルが口を開いた。


「あなたを安心させるための、ウソ。」


ウルフはゆっくり顔を上げ、ベルの方を見た。ベルは、泣いていた。


「知っていたから…。あなたが私を拒絶することも、私たちが一緒にいれないことも。」


「どうしてなんだろう。ダメなんだって、お互い頭では分かってる。でも、どうしてダメなのか、未だに心では分からないの…。長い、長い年月があって、私も冷静になったつもりだった。でも、この間会った時に気付いたの。今となってはなんの障害もない。あなたとただ、一緒にいたい。でも、知ってる。ダメなのよね…。」


二人はそれっきり、言葉を継げなくなってしまった。


「俺があの朝、お前をその女のところから連れ出したのは、お前自身がそうしなければ、と思ってたからだ。」


カウンターの先にある、地下への通路の入り口に、資料を抱えたキアランがいた。


「お前は、両親から逃げ出した。いろんな現実から。このオンナのところにいれば、それを見なくて済む。」


「キアラン…」


「俺は、わかるんだろ。お前の気持ちが。だから、お前も俺の気持ちが分かったんだ。そして、俺たちはそこから抜け出した。」


キアランはカウンターに資料をドサリと置くと、ベルを見て言った。


「俺は、アンタのことなんて、どうでもいい。でも、アンタにとってもウルフは毒でしかない。そんな相性も、ある…。」


ベルはフッと笑ってキアランを見た。13年前、自分のところから彼を連れていった、憎いやつ。両親のことを知り、制服のままベルの元に逃げ込んでいた彼を、多分探し回って、ある朝、踏み込んできた。無言で部屋に入ってきて、ジャケットを投げつけ、ウルフにこう言った後ろ姿を思い出した。


「ジャケットを着ろ。帰るぞ。」


そして、多分 二人に言った。


「…逃げるな。」


二人は ウルフを何日も夜通し探し回っていたウルフの母が、その朝 事故で運ばれたことを知った。


キアランは、静かに二人を見た。


「俺たち三人はあの朝、罪を背負ったんだ。」


ウルフはキアランを見た。


「お前は、関係ないよ。」


キアランはウルフの肩にポンと手を乗せた。


「俺とお前は、いつも一緒だった。だから、お前が背負った罪は、俺も半分 持ってやらなきゃな…。」


ベルが少しムクれて言った。


「バッカじゃないの。カッコつけて。」


キアランは無表情でそれに返した。


「羨ましいんだろ。」


「…そうね…。そんな風に言える、あなたがね…。」


ベルはコトッとカバンから出した鍵をウルフの前に置いた。


「フラットの鍵、置いていくわ。」


そして、振り返らずに"エリン"を出て行った。




次回からは本編へ完全復帰。一幕クライマックスまで進みます。二幕に向け、話をしっかり凝縮していきます!

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