第68話
「いらっしゃい。」
店の奥に座っていた小柄なおばあさんが俺に気付いて声をかける。
「こんばんは。」
「こんばんは。小さい店だけどゆっくり見てってね。」
そう言って彼女は皺くちゃの顔で笑う。
壁にも色々なネックレスがかけられていて、
その値段も安いものから高価なものまで様々ある。
その装飾はどれもとても綺麗で。
真剣に店内を眺める俺を見て、
久しぶりのお客さんだねえ、そう言って彼女は笑う。
「…あ!そういえばこの前女の子のお客さんも来たわ。」
「そうなんですか?」
「ええ。それが私もびっくりしたんだけどね。夜中に来たのよ。」
突然の言葉にドクッと胸がなる。
心臓を鷲掴みにされたようだ。
俺の顔色が変わったことに気づかないのか、
おばあさんは笑顔のまま話し続ける。
「たまたま私も起きてたからお店に入れたんだけどねえ。とっても可愛らしい子でね。」
まさか。
いやでもそんな事は。
「…その子は…。」
「はい?」
「その子は、なんの用事でこのお店に来たんですか?」
震える声を絞り出す。
俺の質問にああ、とおばあさんは頷いて。
「ネックレスに、文字を入れて欲しいって。」
「…ネックレス?」
「そう。えっと…どんな感じだったかしらね。」
考えこむようにおばあさんは上を向いて、
そして俺の首元を見て、あ!と声を上げる。
「丁度そんな形のネックレスだったわよ。リング型の。」
身体中に電流が走ったようだった。
心臓の音が更に大きくなる。
「でもね、文字入れるのには数週間かかっちゃうのよ。その子はそれを知らなかったらしくてね。その日中に欲しかったみたいで。」
おばあさんはそこで小さくため息をつく。
『そうですか。夜遅くにすみませんでした。ありがとうございました。』
女の子は笑顔でおばあさんにそう言って、お店から出て行こうとしたらしい。
「でもね、家に帰るの?って聞いたら答えなくて、もしかしたら何かあるのかなって思って。こんな夜遅くにお店にくるのも変だし。だから結局朝方までここでお茶したのよ。」
おばあさんはその日の事を懐かしむように笑顔で話す。
「本当にとってもいい子でね。こんな老人の無駄話ずっと付き合ってくれてねえ。」
疑惑は徐々に確信へと変わって行った。
心臓の音がうるさくて、
それでも、最後の確認をしようと思った。
「…それは、何日のことですか?」
「うーん、そうねえ。娘がお友達と旅行に行ってた日だから…4月2日かしら?」
間違いない。
その女の子は__奈月だ。
彼女はここにいたんだ。
空白の3時間、彼女は、この場所に。
おばあさんは、どうやら奈月が亡くなった事を知らないようだった。
テレビもほとんど見ないらしく、このお店も本当はすでに娘さんが継いでいるようで、
普段は別のところに住んでいるらしい。
たまたま4月2日の夜は娘さんが旅行に行っていたため店番をしていて、
今日も娘さんが急に遠出をしなければならなくなったため、お店にいたようで。
「…奈月は…その女の子は、どんな文字を入れてほしがっていたんですか?」
俺の質問におばあさんはにっこりと笑う。
そして引き出しの中から、一枚の紙切れを取り出した。
「これを掘って欲しいって。」
その紙を受け取って文字を眺める。
不意に涙がこぼれそうになって、
慌てて唇を噛んで堪える。
「私には意味がわからなくてねえ。それで娘に見せたら、顔真っ赤にして言うのよ。」
にっこりと笑ったままのおばあさんは、
俺の方を真っ直ぐに見る。
「これは絶対恋人へのプレゼントだって!英語なんて老人には分からないけどね、若い子には分かるんだね。」
でも、とそこで一旦言葉を止める。
「でもね、その子は人にあげるものではないって言ってたのよね。自分でつけるんだって。これ持ってると寂しくないんだって。」
堪え切れなくて、一粒涙が溢れた。
震える声をなんとか絞り出して、
おばあさんにこの紙切れをくれないか、そうお願いをした。
不思議そうな顔をしながらも彼女は快く了承してくれて、
お礼を言ってからそのお店を出た。




