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第66話
もう二つ。
俺にはどうしても行きたい所があった。
きっとここに行かなきゃ、
俺はいつまでも進めないままだ。
電車に揺られて数十分。
着いたのは、大きな建物。
門の前には【長嶺病院】 の文字。
病院の庭にはベンチが置かれていて、
たくさんの人がそこで本を読んだり、会話を交わしていた。
彼の姿も、そこにあって。
彼は看護師さんと会話を交わしていた。
その顔色は以前あった時も良いように見え、
表情も少しだけ豊かになったようだ。
あたりが暗くなってきて、
看護師さんが彼に中に入るように誘導する。
頷いて立ち上がった彼と、
不意に、目があった。
俺を見つけた彼はさっと目をそらす。
けれど、もう一度、俺の方を見て。
ゆっくりと頭を下げた。
看護師さんが急な彼の行動に驚いて、俺の存在に気づく。
俺も頭を下げて、その場を後にした。
奈月の父は、病院に入院している。
虐待の事を全て認めた彼は、精神の異常があると認められ病院での治療が必要だと判断されたのだ。
…彼の事は、きっと一生許せない。
でもそれでも、彼は奈月の父親なのだ。
世界でたった一人の、奈月の父親。
彼だって、
少しでも進もうと、毎日足掻いているんだ。




