第61話
それからまた時が進んで、
徐々に奈月の記憶も崩れ始めた。
なんとか奈月をこの世界に繋ぎ止めようと、彼女が矛盾を追求するのを阻んだ。
何度も曖昧な言葉を重ねて、嘘を重ねてぎりぎりでこの世界を繋いだ。
少しでも何かを追求すれば、簡単に全てが崩れてしまう事は分かっていて。
それでも必死に嘘を重ねた。奈月に本当の事
を気付かせたくなかった。
それでも、やはり。
過去を変えることなんて出来ないんだ。
奈月は、全てに気付いてしまった。
ついにすべての時間が過ぎた、その日。
俺は1人で海に行った。
奈月は絶対、ここに来ると思った。
「・・・要。」
不意に現れた彼女は、俺の名前を呼ぶ。
終わりは必ず来る、
いつまでもこの世界は続かない、
そう分かっていたはずなのに。
なかなか顔を上げる事が出来なくて、俯いたまま拳を握りしめる。
胸がズキズキと痛んで、息ができないほど苦しい。
それでもゆっくりと奈月の方へ視線を向ければ、
彼女の目は全てを思い出した、そう物語っていて。
・・・奈月。奈月。
ごめんな。俺は結局、何も出来なかった。
俺の謝罪を遮って、奈月は思い出を楽しそうに語る。
千里の話、みんなで海に行った話、クリスマスの話。
すべてを話し終えた彼女は、俺の方を真っ直ぐに見て。
「全部全部、要のおかげだよ。」
そう言って、笑った。
堪えきれずに涙が溢れ出す。
何言ってんだよ。
俺のおかげなんかじゃないだろ。
俺は、奈月のことを守れなかった。
最後まで一緒にいることが出来なかった。
何も、何も出来なかったのに。
「ありがとう。」
そう言って彼女は俺に微笑みかける。
奈月は笑いながら、俺の頬に手を添えて。
「大切な人に出会えて、私は幸せだった。」
そう言って涙を零した。
何もかもが切なくて、涙は留まることを知らずに砂浜の色を変えていく。
「…奈月。」
震える声で彼女の名前を呼んで、
そして、一言、ずっとずっと、伝えたかった言葉を紡ぐ。
「…ずっと好きだよ、これからも。」
人間は欲張りだ。
もう一度会えるならそれだけで十分、なんて。
ただ自分に言い聞かせてただけだった。
過去は変えられない、そんなの当たり前だと理解しているはずなのに。
どうしても駄目だった。
俺はやっぱり、奈月と一緒にいたい。
こんなにも大切な人と、どうして離れる事ができるんだろう。
奈月は俺の頬にキスを落としてから、
ゆっくりと俺の首にネックレスを付け替える。
最後まで見つからなかった、俺があげたリングのネックレス。
世界が揺らいでいくのが分かった。
奈月の涙と俺の涙が混ざりあって、世界は徐々に色を変えていく。
崩れゆく世界の中で、俺たちは最後まで一緒にいた。
__ 春の海は今まで見たことがないくらい、
美しくて、そして、儚かった。




