第60話
それからしばらくたったある日。
その日は、たまたま篠山荘に俺と拓海さんしかいなくて。
なんとなく、嫌な予感はしていたのだ。
他愛のない話をして、
テレビを見て笑って、
面倒くさいといいながら2人でお皿を洗って。
「なあ、要。」
不意にテレビの電源を落とした拓海さんは、
俺の方を向く。
・・ああ、もう。
「嫌だ。」
「要。」
「嫌だってば。」
「聞いてくれ」
「嫌だっつってんじゃん!何も聞きたくない!」
何やってんだろ俺。
なに子供みたいなこと言ってんだろ。
頭ではわかってるのに、心と体が言う事を聞かなくて。
「嫌だよもう・・・頼むからなんも言わないでくれよ・・」
「・・・要。」
俺の名前を呼ぶ拓海さんの声があまりにも優しくて。
我慢できずに涙がこぼれる。
「泣くなって、男だろ。」
「・・うるさい」
俺の頭をポン、と叩いて彼は笑って。
そして、小さく呟く。
「・・皆元気だといいなあ。」
彼の頭の中はいつだって大切な子供たちの事で一杯だ。
それずっと変わらないのだろう。
「・・皆が元気かは分からないけど。」
「ん?」
「遺書が見つかったんだ。」
俺の言葉に拓海さんが目を見開く。
そう、拓海さんが自ら命を絶った後、
男の子の遺書が出てきたのだ。
その内容は、
全部ではないものの一部が公表されていて。
「・・俺もびっくりした。」
その内容は、ほとんどが感謝の言葉だったのだ。
いじめの事、自殺した理由、それらには全く触れていなくて。
書かれているのは両親、友達、そして拓海さんへの、感謝の言葉ばかり。
『平野先生へお願いがあります。』
拓海さんへのたくさんの感謝の後に、
一行開けて書かれていたこの言葉。
なによりも俺の心に残っていた言葉で。
拓海さんは俯いていた。
「『僕が先生の生徒だったってこと、忘れないでね。』」
俯いた先に、ポツリ、と水滴が落ちる。
その数は次第に多くなっていって、
ゆっくりと机を濡らしていく。
「‥ああ、抱きしめてやりてえけど、出来ないんだなあ。」
涙声の彼は、そう言って笑った。
悔しさと、悲しさと、でもなによりも、
優しさが溢れている笑顔で。
俺も涙が止まらなくなって、
俯いたまま肩を震わす。
不意に拓海さんは俺の頭をポンッ、と叩いて。
「・・・生きろよ。」
たった一言。
その言葉はとても重くて。
そこに彼の思いがどれだけ込められているのだろう。
俯いたまま何も言えず嗚咽をもらす俺に、
拓海さんは優しく微笑んで、何度も頭を叩いた。
2人の言葉は重くて、悲しくて。
どうしてこんなに素敵な人達が自ら命を絶たなければならなかったんだろう、
そう思ったら胸が張り裂けそうなほど痛んだ。




