第52話
奈月の父親はいつになっても相変わらずで。
表向きは人柄が良く、よい会社に勤めている奈月の父親は、
近所の人からの評判はとても良くて。
誰からも家庭内暴力を疑われる事はなかった。
痛々しい痣は消えない。
消えたと思ったらまた増える。
けれど、いつだって彼女は笑っていた。
「大丈夫。」 そう言って、俺の目を真っ直ぐに見て。
「要が側にいてくれるから、私は辛くない。」
そう言って、彼女は笑うのだ。
奈月はいつも不安定だった。
いつも儚げで、今にも消えてしまいそうで。
いつだって、怖かった。
それはきっと彼女も一緒だったのだろう。
それは、4月のよく晴れた日だった。
いつものように一緒に帰り道を歩いて、帰宅したのは午後5時ごろ。
夕食を食べたら少し眠たくなって部屋のベットに倒れ込む。
…少しだけ寝よう。
そう思いながら目を閉じた。
目を覚ましたのは暗闇の中。
少しボーッとしながら時計を確認すれば、
午前3時頃で。
明らかに寝すぎてしまった。
部屋の電気をつけて、何の気なしにスマをを開く。
そこには、不在着信が一件。
ドクッ、と胸が鳴った。
慌てて掛け直すけれど繋がる気配はない。
・・・いや、彼女が夜中に電話かけて来た事なんて何度もあったじゃないか。
眠れない、と電話をかけて来て朝まで通話した事だってある。
それに間違え電話かもしれない。
そう、そうだ。
自分を落ち着かせようと深呼吸をする。
けれど、なぜだろう。
心臓は一向に落ち着かない。
嫌な感じが身体中を駆け回る。
数分後、やっと電話が繋がった。
「…奈月?」
向こうからは何も聞こえない。
繋がっていないのかと思って画面を確認したけど、電話はしっかり繋がっていて。
「…要。」
しばらくして聞こえて来たのは奈月の小さな呼びかけ。
少し安心する。
「どうした?」
俺の問いかけには何も答えず、
彼女はもう一度俺の名前を呼ぶ。
「…ありがとう。」
たった一言、奈月はそう言った。
胸が嫌な音を立てる。
彼女が危険だと警告している。
「…は、何だよ急に。」
震える俺の声。
電話の向こうで、奈月が小さく笑う。
もしかして、と思った。
そんな事あってほしくない。けど、だったらなんでこんな時間に。
俺は、永遠に奈月に会えなくなってしまうのか?
「おい!奈月!?」
電話が切れた。
財布だけ持って部屋を飛び出す。
行き先は決まっていた。
小さく笑った彼女。
その奥で聞こえたのは、静かな波の音。




