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天色のなみだ  作者: 夏目はるの
50/70

第50話

気づけば、俺は古びた珈琲店の中にいた。


店に入ってきた時の位置に座ったままで、

目の前の古ぼけた鳩時計の示す時間は変わっていない。


…今のは全部、夢だったのだろうか。


そんな事をボーッと考えていれば、

目の前に差し出されたのはティッシュ箱で。


「あれ、なんで…」


その時、俺は初めて自分が泣いている事に

気がついた。


一度気づけば涙は留まることを知らなくて。

ついには声を出して泣き出してしまう。


そんな俺の背中を、ここの店主である彼_雨野さんは静かにさすっていてくれた。




_ 奈月と俺は、幼馴染だった。


小さい頃からずっと仲が良くて、何をするにも一緒で。

小さい時、奈月の家に遊びに行ったこともあったが、とても優しい両親だったのを覚えている。


けれど小学5年生の時、奈月の両親が離婚した。

原因は母親の浮気だったらしい。


後で奈月は笑って話してくれたけど、

無理してるんだろうな、そうすぐに分かった。


奈月を引き取ったのは父親で、

その日から、彼女の生活は変わった。


父親が、暴力を振るうようになったのだ。




「…おい!奈月!」


中学2年生の春、教室で友達と談笑している奈月に廊下から声をかければ、

キョトンとした顔で俺を見る。


「なに?」


そう言って首をかしげる奈月に少し腹が立って、

無言で手首を掴んで教室から連れ出した。


「ちょっと!!」


文句をいう奈月を引っ張って、

連れてきたのは誰もいない中庭。


「どうしたの?痛いんだけど!」


怪我してたら責任とってよね、そう言って奈月はおどけて笑う。


そんな彼女の上着の袖をまくれば。


「…っ…!」


見えたのは最近できたばかりの、痣。

それも一つじゃない。

何個も何個も、重なるように痣が出来ていた。


「…嘘ついたのかよ。」


俺の言葉にあちゃー、と奈月はおどけて舌を出す。


中学校に入ってから暴力は減った、

奈月はこの前そう言っていたのだ。


俺がため息をつくと、奈月はまた笑う。

けどその笑顔はとても痛々しくて。


責めるつもりはない。

奈月の事だ、心配をかけたくなかったのだろう。それは分かっている。


昔から奈月はそういう奴なのだ。


自分がどれだけ辛くても、周りを心配させないようにとにかく笑う。


…でも、これだけ一緒にいるんだ。


その笑顔が本物か偽物かなんて、

すぐに見分けがつく。


俺が何も言わないのを怒ってると解釈したのか、ごめん、と俯いて謝る奈月。


「…俺には嘘をつかない事。」

「…はい。」

「無理して笑うのもやめる事。」

「はい。」

「数学の課題写させてくれる事。」

「それは嫌。」

「ちえー。」


そんな彼女の頭をぽんぽん、と叩いてから笑えば、

彼女も上を向いて楽しそうに笑う。


俺が奈月にしてあげれる事なんて全然無くて、

彼女の苦しみを完璧に理解する事はできない。


でも、絶対に側にいよう。


彼女が無理して笑わなくて済むように、

苦しい時は苦しいと言えるように。


そう、心に決めていた。

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