第48話
目を開けば、目の前には海が広がっていた。
さっきまで篠山荘にいたはずなのに、
そんな事は少しも不思議に思わない。
だって、私は今ここで息をしている。
その時点でこの世界は不思議な事だらけなのだ。
砂浜を踏みしめて、辺りを見回す。
…皆で夏に遊びに来た、海。
要とクリスマスに来た、海。
そして、私が最後の場所に選んだ、海。
不意に後ろに人の気配を感じて、振り返る。
誰がいるのかはもう分かっていた。
その誰かは俯いていて。
「…要。」
私がその名前を呼べば、彼はゆっくり顔を上げる。
既に泣きそうな顔をしていた要は、私を見て更に顔を歪ませた。
「…要。」
もう一度、彼の名前を呼ぶ。
幼馴染の要とは小さい頃からずっと一緒だった。
私の家の事を一番知っていたのも要で、
私に何かあればいつだって彼が駆けつけてくれた。
「…奈月、俺、」
「私、ここ大好きなの。皆で海に来たのがすっごい楽しくて。」
わざと、要の言葉を遮った。
「千里はいつも突然だけど、千里と一緒にやった事は全部楽しかった。由香ちゃんも神谷くんも横山くんも、皆いい人で。
…素敵な友達に恵まれたなって。」
私の口から溢れる言葉に、要は静かに耳を傾ける。
「クリスマス、本当に楽しかった。
海もすっごい綺麗だったし、ネックレスも、嬉しかった。」
もらってからずっとつけていた
首元のネックレスに視線を落とす。
「全部全部、要のおかげだよ。」
泣きたくはなかった。
けど、堪えきれずに涙声になる。
「ありがとう。」
私は今、うまく笑えているのだろうか。
不意に腰背中に要の手が回って、
ゆっくりと抱きしめられる。
「…奈月。」
「ん?」
「ごめんな。」
絞り出すような声で、要は何度もそう繰り返す。
私を抱きしめる要の腕は震えていて、
今にも消えてしまいそうなくらい儚かった。
__ ああ。
私はどれだけの責任を要に背負わせていたんだろう。
彼はどれだけ苦しんで、自分の事を責めたんだろう。
優しい優しい彼を、どこまで追い詰めてしまったんだろう。
返事をする代わりに、
要を抱きしめる腕に力を込めた。
「…私、不幸せなんかじゃなかったよ。」
私の言葉に、要が息を呑むのが分かった。
その言葉は、
紛れも無い私の本心だ。
家では自由に過ごす事なんて出来なかった。
いつも父親の顔色を伺って、ただただ生きる事に必死で。
それでも頑張れたのは、皆がいたから。
何があったって一緒にいてくれて、
いつも笑わせてくれる友人がいた。
どんな時だって、隣には要がいてくれた。
それだけで、十分幸せじゃないか。
これ以上何を望むというのだろう。
『後悔しちゃ駄目よ。』
『お前の人生はお前だけのものだ。』
『人生の価値を決めるのは周りじゃない。
…奈月、お前自身だ。』
3人の声がふと頭によぎる。
…そういう事だったんだね。
3人の言葉の意味が、今やっと分かった気がする。




