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天色のなみだ  作者: 夏目はるの
48/70

第48話

目を開けば、目の前には海が広がっていた。


さっきまで篠山荘にいたはずなのに、

そんな事は少しも不思議に思わない。


だって、私は今ここで息をしている。


その時点でこの世界は不思議な事だらけなのだ。


砂浜を踏みしめて、辺りを見回す。


…皆で夏に遊びに来た、海。

要とクリスマスに来た、海。


そして、私が最後の場所に選んだ、海。


不意に後ろに人の気配を感じて、振り返る。

誰がいるのかはもう分かっていた。


その誰かは俯いていて。


「…要。」


私がその名前を呼べば、彼はゆっくり顔を上げる。

既に泣きそうな顔をしていた要は、私を見て更に顔を歪ませた。


「…要。」


もう一度、彼の名前を呼ぶ。


幼馴染の要とは小さい頃からずっと一緒だった。

私の家の事を一番知っていたのも要で、

私に何かあればいつだって彼が駆けつけてくれた。


「…奈月、俺、」

「私、ここ大好きなの。皆で海に来たのがすっごい楽しくて。」


わざと、要の言葉を遮った。


「千里はいつも突然だけど、千里と一緒にやった事は全部楽しかった。由香ちゃんも神谷くんも横山くんも、皆いい人で。

…素敵な友達に恵まれたなって。」


私の口から溢れる言葉に、要は静かに耳を傾ける。


「クリスマス、本当に楽しかった。

海もすっごい綺麗だったし、ネックレスも、嬉しかった。」


もらってからずっとつけていた

首元のネックレスに視線を落とす。



「全部全部、要のおかげだよ。」


泣きたくはなかった。

けど、堪えきれずに涙声になる。


「ありがとう。」


私は今、うまく笑えているのだろうか。


不意に腰背中に要の手が回って、

ゆっくりと抱きしめられる。


「…奈月。」

「ん?」

「ごめんな。」


絞り出すような声で、要は何度もそう繰り返す。


私を抱きしめる要の腕は震えていて、

今にも消えてしまいそうなくらい儚かった。



__ ああ。



私はどれだけの責任を要に背負わせていたんだろう。


彼はどれだけ苦しんで、自分の事を責めたんだろう。

優しい優しい彼を、どこまで追い詰めてしまったんだろう。


返事をする代わりに、

要を抱きしめる腕に力を込めた。


「…私、不幸せなんかじゃなかったよ。」


私の言葉に、要が息を呑むのが分かった。



その言葉は、

紛れも無い私の本心だ。


家では自由に過ごす事なんて出来なかった。

いつも父親の顔色を伺って、ただただ生きる事に必死で。


それでも頑張れたのは、皆がいたから。


何があったって一緒にいてくれて、

いつも笑わせてくれる友人がいた。

どんな時だって、隣には要がいてくれた。


それだけで、十分幸せじゃないか。

これ以上何を望むというのだろう。



『後悔しちゃ駄目よ。』


『お前の人生はお前だけのものだ。』


『人生の価値を決めるのは周りじゃない。

…奈月、お前自身だ。』


3人の声がふと頭によぎる。

…そういう事だったんだね。


3人の言葉の意味が、今やっと分かった気がする。

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