第46話
目を覚ますと、飛び込んで来たのは白い天井。
まだ少し重たい体をゆっくりと起こす。
横を見れば薄いカーテンが引いてあって、ここが保健室だということを認識する。
少しの物音も聞こえないから、
今先生はいないのだろう。
「…大丈夫?」
ガラッと保健室のドアが開く音がして、すぐにカーテンが開かれる。
顔を上げれば入って来たのは要で、心配そうにベットの横の椅子へと腰掛けた。
時計をみれば1時間ほど眠っていたようで、
先ほどよりも頭はすっきりとしているし、吐き気もない。
ただ、残っていたのは恐ろしいほどの虚無感。
「千里が体調悪いの気づけなくてごめん、って謝ってた。」
要の言葉に俯く。
心配性の千里のことだ、私が倒れたことに責任を感じてしまっているに違いない。
申し訳なさで胸が締め付けられた。
…要はそのまま何も話さなかった。
きっと、私が何かを言い出すのを待っていたんだろう。
「…要。」
しばらくの沈黙の後、口を開く。
自分のものとは思えないほど掠れた声がこぼれた。
「…さっきね。」
そこまで言って再び黙り込んでしまう。
そこから中々言葉が続けられない私を、
要はずっと待っていてくれた。
うるさい心臓を落ち着けて、
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「…思い出せなかったの。」
声がどうしようもなく震えてしまって、必死に歯を食いしばった。
「…私、両親の顔が思い出せない。」
私の言葉に、要が息を呑むのが分かった。
さっき千里に顔が似ているか、そう聞かれて、両親の顔を思い浮かべようとした。
…けれど、何も出てこなかった。
本当に何も出てこなかったのだ。
私の記憶の中には何もない。
両親の記憶が、全くないのだ。
…そんなはずはないだろう。
だって一緒に暮らしていたはずだ。海外に行くまでは3人で暮らしていたはずなんだ。
あれ、でも、待って。
2人は何の仕事をしていたんだっけ、
どうして海外に行くことになったんだっけ、
一度も連絡がないのはなんでだっけ、
私元々どこでどうやって生活していたんだっけ。
どうして、私にあなた達の記憶がないの?
「っ…!」
「奈月!!やめろ!!」
混乱する思考に、再びガンガンとなりはじめる頭。
そんな私の思考回路を遮断するように、要は大声をだして私の腕を強く引っ張る。
「…大丈夫だよ。」
そう言って要は私の肩をさする。
要の大声が、悲鳴に聞こえた。
「考えんなよ、大丈夫だから。」
その手も、声も、震えていて。
…大丈夫、そう言うのなら。
「…要。」
どうしてあなたはそんなに泣きそうな顔をしているの。
必死に笑おうとする要の顔を直視できなくて、それ以上何も言えずに俯く。
…いや、言わなかった、の方が正しいのかもしれない。
私が、今、何かを一つでも追求すれば。
全てが崩れてしまうことが、分かっていた。




