第40話
それは何事もなく過ぎていた
ある日の事だった。
「…え…?」
…鈴香さんが、いなくなったのだ。
いつもと同じように学校から帰宅すれば、
そこにはなぜか雨野さんと拓海さんがいて。
どうしたんですか、と尋ねれば雨野さんの口から出たのは衝撃の一言。
「鈴香は、昨日をもって篠山荘から出て行った。」
誰一人、何も言うことができず、
一瞬時が止まる。
あまりの衝撃に思考回路が停止して、
何も考えることができなかった。
だって私、何も聞いてない。
昨日も普通に夕飯を食べて、おやすみなさいを言って、
朝だっていつも通りの鈴香さんだった。
「…なんで。」
震えた声でそう問う拓海さんに、雨野さんが目を伏せて答える。
「…遠くで暮らしていた祖母が体調をくずしてしまったらしい。」
だから介護が必要になった、そう雨野さんは続けたけれどそんな事は頭に入ってこなくて。
嘘でしょう。
だって今朝だって、いってきます、そう言って彼女は笑ったのに。
雨野さんはいつから知っていたのだろう。
鈴香さんはなんで何も教えてくれなかったのだろう。
どうして、どうして。
不意に血の味を感じて、
自分が血が滲むほど唇を強く噛み締めていたことに気づく。
とても悲しくて、何も教えてもらえなかった事が悔しくて、
こぼれそうになる涙を必死で堪える。
…知らなかったのは、私だけだったのかな。
ふとそんな事を考えて拓海さんを見れば、
俯いたままのその肩は震えていた。
…私同様、何も聞かされていなかったんだろう。
じゃあ、要は。
そう思って彼の方をむけば。
「…っ…!」
彼の顔は、真っ青だった。
私と同じように唇を強く噛み締めて、
一点をじっと見つめている。
その表情は何と形容すればいいのだろう。
鈴香さんと一緒に暮らせなくなってしまったことを悲しんでいる、
そんなレベルではなくて。
__ 鈴香さんとはもう永遠にあえない。
そんな言葉が、頭の中をよぎった。




