第35話
冬休みが迫った平日の放課後。
「・・おわった~・・」
誰もいなくなった教室で1人日直の仕事を片付けていた私。
黒板もきれいにしたし、学級日誌も書いたし、
あとは集めたプリントを教務室にもってくだけ。
意外と疲れるものだ。
「あれ、奈月ちゃん?」
突如ガラガラ、と教室のドアが開き、
誰かが私の名前を呼ぶ。
「神谷くん。」
「こんな時間までどうしたの?」
「ちょっと日直の仕事があって。神谷くんこそ部活は?」
「ああ、今日は休みなんだ。」
そう言って神谷くんは教室の中を見回す。
「もしかして宮前先生ってもう帰っちゃった?」
「どうだろう。でももうしばらく見てないよ。」
私の言葉にまじかー、と彼は肩を落とす。
宮前先生というのは私の担任で、担当教科は数学。
神谷くんの手に握られている数学のプリントを見るに、
どうやら課題の提出に来たのだろう。
「それ、今日までなの?」
「・・いや、先週まで。」
「もうアウトじゃん。」
私の言葉にははっ、とさわやかに笑う。
いや全然笑い事じゃないからね。
こんな神谷くんだが、実は私なんかより全然頭がいい。
毎回10番以内をキープしているのではないだろうか。
「あー、いいや。明日だそ。」
「いいの?」
「うん。どうせもう期限過ぎてるし。
・・ていうか奈月ちゃん寒くないの?」
「とても寒い。」
「だよね。」
神谷くんの言葉に速攻で頷く。
教室の隅にあるストーブは授業終了直後にすでに消されていて、
教室内の気温は既にかなり下がっていた。
「でももうあとはこれ持ってくだけだからさ。」
私の言葉に神谷くんの視線が机の上のプリントへと移る。
「そっか。これどこに持ってくの?」
「ん?教務室だよ。・・って、いいよいいよ!」
当然の事のように机のプリントを持ち上げる神谷くん。
「手伝うよ。」
「大丈夫だよ!私の仕事だし!」
「でも1人じゃ大変でしょ。」
そう言って神谷くん半分以上のプリントをもって歩き出す。
「・・ありがとう。今度なんかおごるね。」
「いいよほんとに。」
私の言葉に神谷くんは振り返って笑った。
私も残りのプリントをもって、
神谷くんの後に続く。
「あれ、そういえば今日要は?
あいつなら奈月ちゃんの仕事終わるまで待ってそうだけど。」
「先に帰ってもらったの。付き合わせるの悪いしさ。」
「そっか。逆にそれで不機嫌になってそうだね。」
「・・よくわかったね。」
神谷くんの想像通り。
私の仕事を待っててくれようとした要を、
今日は時間がかかりそうだと無理やり返した私。
・・最後には小学生みたいないじけた顔をしていた。
私がその話をすると、
ぷっ、と吹き出して大声で笑い始める。
「ほんと要って奈月ちゃん大好きだよね。」
「え、いやそういうのではないでしょ。」
「どうだか。奈月ちゃんはどうなの?」
「どうなのって・・別にどうもないよ。」
「へえ~・・」
曖昧な私の返答に、
神谷くんはニヤニヤと笑って私の肩を叩く。
これはクリスマスの時の仕返しだろうか。このやろう。
「・・でもまじめな話、
要と奈月ちゃんって本当にお互いの事信頼してるんだな、って思うよ。」
「・・・そう?」
神谷くんは笑って頷く。
「なんだろう。いつでも繋がってる、みたいな感じがする。」
「・・なんか照れるね。」
「お、素直。」
思わず本音を漏らしてしまった私を神谷くんは見逃さない。
またからかうように私をつついた。
「要にしか話してない話とかもあるんじゃない?」
「そんなことは・・。」
ないよ、と言おうとしたのに、
言葉がつっかかった。
要にしか話してない事?
そんなこと、あったっけ?
別になんてことない質問のはずなのに、なぜか言葉が出てこなくて。
何か、何かがすごく引っかかる。
要にしか言ってない事、この言葉が頭の中をグルグルと回った。
・・あれ。
誰にも知られたくなくて、誰にも言いたくなくて。
でも、要には言えた事。
って、なんだっけ。
「奈月ちゃん?」
「・・・あ、ごめん。」
神谷くんの呼びかけでグルグルと回っていた
思考がピタリ、と動きを止める。
「大丈夫?すごいボーッとしてたけど。」
「ごめんね、大丈夫。寝不足なのかも。」
心配そうな神谷くんに笑って誤魔化す。
その後もしばらく残っていた謎の違和感。
しかし時間が経つにつれて薄れていって、
神谷くんと別れる時にはすっかり私の中から消え去っていた。




