第30話
その日の夜。
珍しく夜更かしをしていた私は、廊下の突き当たりにある
拓海さんの部屋の電気がついている事に気がついた。
なんとなく気になって部屋をのぞけば、
パソコンの前に座って作業をする拓海さんの姿が見えて。
「…覗き見か?」
「…えへ。」
普段は見れない真面目な拓海さんの姿をしばらく見ていたら、
気配を感じたのか振り向いて私に笑いかける。
「入っていいですか?」
「おう。」
許可をもらって部屋に入る。
そういえば、拓海さんの部屋に入るのは初めてかもしれない。
部屋の中にはバンドのCDや雑誌なんかも転がっていたが、
やはり圧倒的に多いのは、数学の問題集やプリントの山で。
「…今何やってるんですか?」
作業をしている拓海さんの邪魔をしてはいけない、と
少し離れた椅子に座って見ていたが、つい気になって聞いてしまう。
「んー?授業で使うプリント作り。」
「…ほんとに先生なんですね。」
「どういう意味だこら。」
私の軽口に笑って顔を上げる拓海さん。
ふと先日配られた進路希望調査のことを思い出して、率直な疑問を口にする。
「拓海さんは…どうして先生になろうと思ったんですか?」
「…大した理由じゃねえよ。」
「聞きたいです。」
私の言葉にふっと息を吐き出して、
昔を懐かしむように斜め上を仰ぎ見た。
拓海さんは、昔は勉強があまり得意じゃなかったらしい。
授業もサボりがちで先生たちからも見離され、
人に自慢できるような学生時代の過ごし方ではなかった、と言って彼は笑った。
けれど中学生の時、出会った1人の先生。
まだ若い新任の先生で、
拓海さん達のような真面目とはいえない生徒にも真剣に向き合ってくれた。
拓海さんが特に出来なかったのは数学。
そしてその先生は数学の先生で。
こんなの出来ない、やりたくない、そう言って駄々をこねる拓海さんに先生はいつも笑って、同じことを言ったそうだ。
「 『努力すれば出来ないことなんてない。お前なら出来るよ、大丈夫だ。』って。
…ありきたりな言葉だけど、その先生の言葉はなんかすっごい胸に沁みた。」
そう言って拓海さんはふっと笑う。
「その先生のおかげで数学が好きになった。んで、先生に憧れて必死に勉強して、結局今は中学の数学教師やってる。
…な、大した話じゃないだろ?」
「…いや。そういうのすごい素敵だと思います。」
私の素直な感想にほんとかよ〜、と軽口を叩いてから
眠気覚ましに、とコーヒーを一口飲む。
…素敵な先生だったんだろうな、そう思った。
だって昔の話をする拓海さんはとても楽しそうで、嬉しそうで、見ている私もとても心が暖まった。
一度大きな欠伸をした拓海さんは、さ、もう寝な。 と私を部屋から出す。
「おやすみ、奈月」
「おやすみなさい。」
ドアを締める直前にパソコンにもう一度向き直った拓海さんが見えて、
先生って大変なんだな、と改めて感じた。
…口が悪くて少し強面の拓海さんだけど、
生徒からは絶対好かれてるんだろうなあ、間違いない。




