第26話
そのまま俯いてしまった横山くん。
「あ、ごめんね。なんか変なこと言っちゃって!」
気にしないで、そう言って彼は笑うけど。
その笑顔は少し悲しそうで。
「・・横山くん。」
「ん?」
「ピアノは何年間やってるの?」
私の質問を予測していなかったのだろう。
一瞬驚いた顔をしてから、えっと、と考えだす。
「・・・5歳くらいかな?」
「5歳!?まだ保育園じゃん!」
「保育園の時の事はあんまり覚えてないんだけどね。
でもその時から母にしごかれてたみたいだよ。」
そう言って横山くんは笑う。
その笑顔は困ったような笑顔じゃない、優しい笑みで。
・・ああ、横山くんはピアノが好きなんだな。
そう、思った。
「絶対、恥ずかしい事なんかじゃないよ。」
「・・え?」
「だって5歳の時からずっと続けてて、こんなに上手で。
私今日本当に感動しちゃったもん!」
「・・奈月ちゃんは大げさだなあ。」
「大げさなんかじゃないよ、ほんとに!」
ジャズなんて全く分からない。
今日演奏してた曲も聞いたことない曲ばっかり。
けれど気づけば聞き惚れてしまっていた、素敵な演奏だと思った。
「ねえ、由香ちゃんってどんな子だと思う?」
「どうしたの急に。」
「いいから。答えてよ。」
「・・・」
「乙女か!」
恥ずかしがってモジモジしだす横山くん。
私より女子っぽいのではないのだろうか。
「・・いつも一生懸命で、すごく優しい人。」
「・・・人の好きなこと、馬鹿にするような子だと思ってる?」
「思ってるわけないじゃん!」
自分が思ってた以上に大きい声が出てしまったのか、
ごめん、と謝る。
ゆっくりと首を横に振って、
横山くんの背中を叩く。
「だよね。
・・・横山くんのピアノ、由香ちゃんも絶対聞きたがると思うけどな。」
「・・・っ・・」
私の言葉に横山くんは一度俯いて。
そして、
ゆっくりと顔を上げた。
・・困ったような笑顔じゃない、
優しい、何か吹っ切れたような笑みを浮かべていて。
「・・奈月ちゃん。ありがとう。」
「何が?私何もしてないよ?・・ていうか、尾行してごめんなさい。」
「え、それ今更?」
ほんとに今更だな私。
私の謝罪に、横山くんが笑って大丈夫だよ、と首を横に振る。
「ありがとう。・・私にもさ、また聞かせてよ。」
「いいよ。何か弾いてほしい曲とかある?」
「うーん。私音楽とか詳しくないからなあ。・・あ、そうだ。」
「ん?」
「横山くんがセレクトしてよ!私が好きそうな曲!」
「えー、難しいよそれ。」
「なんとなくでいいからさ。多分、私選んでくれた曲全部好きだよ。」
「なにそれ。」
気付けば片付けもほとんど終わっており、
拓海さんも帰る準備をしていて。
「横山くんはまだ残ってくの?」
「うん、ちょっと練習してくかな。」
「そっか。頑張ってね。」
奈月、帰るぞ、と拓海さんに呼ばれ、
返事をして拓海さんの後についていく。
階段の上まで横山くんと美沙さんが見送りをしてくれた。
帰ろうと歩きだした私の背後から、
奈月ちゃん!と私を呼び止める声がして。
「・・ほんとに、ありがとう。」
暗くて表情は見えなかったけど、
きっととても優しい笑顔を浮かべているのだろう、そう思った。
すっかり暗くなってしまった道を拓海さんと2人で歩く。
「・・拓海さん。」
「ん?」
「遅くまで付き合わせちゃってごめんなさい。明日も仕事なのに。」
「別にいいよ。その友達の問題も解決しそうなんだろ?」
「・・うん。」
「ならよかったじゃねえか。」
「・・うん、ありがとう。」
「・・・ただ。」
そう言ってから拓海さんは右手を出す。
・・まさか。
「・・いったーい!!」
やられました、本日3回目のデコピン。
本当に私のおでこへこんじゃうよ痛いよ。
「拓海さん手加減って言葉知らないんですか!?」
「さー?俺は聞いたことないな。」
「っ・・人でなし!」
私の精一杯の暴言をはいはい、と受け流す。
そして私の頭にポン、と手を置いて。
「あんま危ない事すんなよ。心配すんだろ。」
「・・はい。ごめんなさい、ありがとうございました。」
「素直でよろしい。」
そう言って笑う拓海さんを見て、私も自然と笑みがこぼれる。
秋の乾いた風を背に受けながら、
皆が待っている篠山荘へと帰り道を急いだ。




