川辺の家
心身供に疲れきり退職した。
しかし、不思議なもので一ヵ月もすると元気になってきた。
存外、わたし早乙女 憂 二十九歳はしぶといようだ。
二ヶ月が経とうとし始めた頃から、食事の度に親の口から縁談の話題が出るようになってきた。
しかし、結局不器用だから退職した背の低い、黒縁メガネの貰い手などいるわけない。
と、軽く聞き流していたら、ある日突然近所の美容院へ拉致されて徹底的に改造されて、流石にこれは詐欺だろうと本人が思う見合い写真を撮らされた。
その晩、ベッドに倒れこんでいるわたしを心配して見に来てくれた妹の綾に、お姉ちゃんこのままでは花嫁にされてしまうと泣きついた。
一瞬綾の顔が真っ赤になって咳込んだがなぜだろう?。
ともかく嫌じゃ、嫌じゃと子供のように言っていると姉のようにいつも頼りになる妹は人生修行の意味で少しの間一人生活をさせてもらったらどうだろうと提案してきた。
なるほど、まだ本調子では無いと言って、多少の蓄えのあるうちがチャンスだ。
有難う、姉思いの姉のような妹よ。
ということで、まだ心身がすぐれないので少しの間転地療養すると両親を説得し、わたしは母方の祖父祖母が住んでいた、少し田舎の家で生活することにした。
バスから降りて腰を伸ばしてあたりを見回す。
見覚えのある景色。
小さいころ妹と手を繋いで歩いた記憶がある。
でも、あの頃はこの山間を抜ける道路はまだ無かったからずっと向こうの鉄道の駅で降りてからバスに乗って来た。
「さてと。」
わたしは寝袋と大きなリュックを載せたカートを引いて歩き出した。
すぐに舗装された道は終わりカートを引きにくくなる。
ガラガラと音をたてながら曲がり道を進むと小さな橋が見えてきた。
橋の上から川をの覗くと澄んだ水の中を小魚が泳いでいる。
そのまま道なりに進むとクリーム色の家が見えてきた。
前はラーメン屋をやっていたので正面は少し大きめのガラス戸で今は板が打ち付けてある。
なので、横の住居用の玄関へ向かい鍵を開けて入る。
「おじゃましまーす。」
何故か言ってしまった。
とりあえず上がると、すべての窓を開け空気を入れ替える。
そして、部屋の真ん中に座り水筒からお茶を飲み一息着くと、風呂場でジャージに着替え軍手をつけて外に出てハシゴを持つと屋根に登り、ソーラーパネルの掃除を始める。
ゴミを払い落としモップで拭き、更に乾拭きを行い玄関脇のスイッチを恐る恐る入れる。
キュンという音がしたと思ったらパネルが薄っすらと明るくなる。
良かった、異常はないようだ。
掃除を一通り終えた頃は五時を過ぎていた。
夕ご飯は缶詰とカップラーメン。
シャワーを浴びて寝袋に潜り込む。
ラジオを聞いているうちにいつの間にか寝てしまった。
一話 川辺の家 おわり