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08:テストその③

 ユニスの正面に、鮮やかな(くれない)の小さな竜巻が発生した。

 竜巻は大きくなり、三つの紅い(かたまり)に分かれた。塊の一つ一つは、膨らんだ風船細工で作った不格好な人間みたいな形で、プルプル震えている。

「ち、くそ。これ以上、動かねえ。おい、なんとかしてくれ」

 キンッ!、と澄んだ金属音が響いた。

 紅い塊たちの頭上で、銀の光が流れ星のように尾を引いて消えた。空間に残された銀光の軌跡から、すごい勢いで鮮やかな紅色が空気に(にじ)み出る。たちまち世界は、深い緑のモスグリーンから、真紅(しんく)に染め変えられた。

 すると、紅い三個の塊は、あっと言う間に全身が引き締まり、すっかり人間の男らしい五体を備えた形になった。体格の良い男達だ。すっくと並んだ三人のうち、中央の一人は晶斗より頭ひとつ分高く、横幅は倍くらいある大男だ。

 ただし、三人とも顔が無い。全身は紅一色で凹凸(おうとつ)(かげ)りもとぼしい。

「変なの。どうしてこんな風に見えるのかしら」

「待てっ、前に出るな!」

 よく見ようと首を伸ばしたユニスを、晶斗は手で押し止めた。

 のっぺらぼうの大男の、紅いから大紅男だ、の、顔の口らしき部分がワクワクと動いた。

「お前ら、出て行けッ。ここは俺たちが先だ!」

 いきなりユニスに向かって突進してきた。

 晶斗がユニスの手を引き、瞬時に位置を入れ替わる。晶斗が真正面から、大紅男を蹴り飛ばした。

 大紅男が吹っ飛んだ!……はずが、その場から離れていない。飛ばされたからこうもあろうという横向きの斜めに倒れかけた姿勢(しせい)になってからひっくり返り、長々(ながなが)と体を伸ばしている。

「ああ、アニキが」

「アニキ、だいじょうぶで」

後方に居た紅男二人が、起きない大紅男の上にかがみこむ。大紅男は伸びたまま、ウーム、とうめいた。どうやら晶斗の蹴りは良い具合に急所にヒットしたようだ。三人が一カ所に集まると、紅い色が空気中に滲み出して端々がくっつき、動くたびに繋がったところの紅の色合いが濃くなったり薄くなったりする。

「あ、わかった。この人たちの居る空間ごと、位相(いそう)がずれてるんだわ。だから、魔物みたいなのっぺらぼうに見えるのよ」

「こいつら、たぶん普通の人間だぞ。位相が何だって?」

 一人で納得して手を打つユニスに、晶斗が眉をしかめている。

「あの人たち、迷図には入っているんだけど、わたしたちからはひどく遠い所に居るの。その距離をすぐには移動できないから、こちらに干渉するために、空間を無理にねじ曲げているのよ。だから、接点となる歪みのせいでこの人たちも歪んで見えるの。力を貸しているのは、そうとう強いシェイナーだわ」

 ユニスが丁寧に説明している間に、大紅男が鳩尾(みぞおち)を押さえながら上半身を起こした。

「よくもやってくれたな。おい、お前ら、何をボケッと見てるんだ、いいからやっちまえ!」

「へいっ!」

 前に出てきた紅男二人の右手に、銀色の小さな棒が出現した。それは構えられるや倍くらいの長さに伸び、丸みを帯びた先端でバチッと青白い火花が弾けた。

「ちょっと触れば、しびれて丸一日はまともに動けねえぞ」

「ねーちゃんたち、悪く思うなよ。命まで取る気はねえから、おとなしく出て行きな!」

じりじりと距離を詰めてくる。

麻痺棒(スタンスティック)か、久しぶりに見るぜ。ユニス、退がっていろよ」

 晶斗の呟きには緊張のかけらもなく、楽しんでいるようにさえ聞こえた。

「お手並み拝見といくわ」

 ユニスには、麻痺棒とやらはシンプルな銀の棒に見える。遺跡地帯では、ガードナイフの次に市場に出回っている武器の一つだ。棒の部分に刻まれたシェインの効力を持つ紋様(もんよう)理紋(りもん)』が空気中の静電気を集めて放電し、触れた敵を麻痺(まひ)させる。

「このやろうッ!」

 踏み込んできた紅男の一人が、晶斗に銀の棒を振り下ろした。

 ユニスは息を呑んだ。

 晶斗の動きは、ユニスの瞬きよりも速かった。最初の攻撃を躱すと、次の瞬間には紅男二人の間に踏み込んでいた。意表を突かれた襲撃者たちは、とっさに間合いを取ろうとしたが、晶斗は左側にいた紅男の右手首を摑み、足払いをかけてあっさり転がした。その隙に、最初に攻撃をかけてきたもう一人が晶斗の背後に回り、激しく閃光(スパーク)を散らす銀の棒を突き出してきた。

 晶斗はぎりぎりで攻撃を躱して左足を(じく)に回転し、突っ込んできた紅男の手から銀の棒を蹴り飛ばした。よろめいたところへすかさず肘撃ちの一打を命中させる。そいつはあっけなく倒れた。その間に、先に転がされた方が態勢を立て直していたが、(かま)えたままでじりじりと退がっていく。

 その時、ようやく復活した大紅男が咆哮をあげた。

「うおおおおおおーっ!」

 手指を熊手のように曲げ、まっすぐ晶斗に突っ込んでくる。

 大紅男の両手は空を掴んだ。

 間を置かず、固められた拳が、一瞬前まで晶斗の頭のあった位置で風を切った。

 晶斗は、大紅男の細かいパンチを軽快なフットワークで避けた。

 一発が晶斗の左頬をかすめ、ユニスはハッと息を呑んだ。

 刹那、晶斗は大紅男の左肘を掴み、その左横へ踏み込んだ。

 ガラ空きだった大紅男の左脇腹へ、晶斗の左拳が叩き込まれる。

 攻撃も防御も晶斗の方が速い。負けじと大紅男も反撃を試みるが、もう晶斗へは一発も当たらない。

 他の紅男二人はといえば、先に晶斗にやられたダメージもあってか、自分たちとはレベルの違う大紅男と晶斗の格闘(ファイト)を離れて見守るだけだ。

「これならだいじょうぶね」

 ユニスは戦闘にくるりと背を向け、元来た方へ走った。


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