080:〈最終話〉ターミナルステーション
特急列車は行ってしまった。
ユニスは列車も人もいなくなった路線のプラットホームで佇んでいた。
「これで御満足かしら」
「とりあえずは良しとしましょう」
ぞくりとするほどセクシーな声が聞こえた次の瞬間、音も無くユニスの左隣に、白い砂漠用コートの袖を通さず羽織った、黒髪のプリンスが出現した。
「私が牽制するまでもなかったようですね」
プリンスは今日も大きなヴァイザーで目元を隠していた。髪を黒く染めているから、魔物狩人バシルの変装なのだ。太刀を持った左の二の腕を右手で軽く掴み、空のプラットホームに顔を向ける。すると、一瞬前まで痛いほどユニスに突き刺さっていた複数の監視がふっと緩み、速やかに薄れて無くなった。
「七星華乙女会の監視は外しました。守護聖都では自由にしてかまいませんよ」
「どうして晶斗を牽制する必要があったのかが、わからないわ。七星華乙女会の陰にいる大ボスの存在は知っていたけど、今までは顔を見たことも無かったのに、遺跡地帯にまで来るなんて……」
ユニスは平静な表情でいたが、内心ではプリンスを畏怖していた。ここは守護聖都の中心地にある中央駅だ。巨大ターミナルの建物は、当然、強力な歪み避けの護符や理紋が設置されている。
ユニスくらい強力なシェイナーなら、少しはシェインを行使できるが、並み以下のシェイナーだったら、わずかな透視もできないくらい厳しい環境だ。
そんな場所で、軽軽と空間移送をやってのけるプリンスのシェインとは、どれほど強大なのだろう。もともとシェインという能力そのものが謎とされているが、プリンスの場合は、計り知れない、という表現がぴったり当てはまりそうだ。
「帰還者と遺跡と、ユニスが揃ったからですよ。未知数の展開を捨て置くわけにはいかなかったのでね。実際にラディウスの奪い合いやヒアデスクラスの遺跡出現など、あり得ないことも発生しましたから。それから、ヒアデスクラスの遺跡破壊と、帰還者が遭難していた遺跡の因果関係については、今でも疑いが完全に晴れたわけではありません」
ヴァイザー越しに強い視線がユニスを捉える。
ユニスはツンとそっぽを向いた。今日のプリンスにはそんなつもりは無いかもしれないが、うかつに目を見て操り人形にされたりするのはもうゴメンだ。
宰相閣下に無礼な態度を取る緊張で心臓の鼓動が早くなる。ドキドキという大きな鼓動音は、耳が痛くなるほど静かな駅構内でプリンスに聞こえるのではないかと思うほど。でも、七星華乙女会の監視が無いならこの機会にぶちまけてしまおうと、ユニスは腹を括った。
「だって、どうせ、怒られると思ったんだもん。あのヒアデスクラスの遺跡は、ずっと下の方がボコボコだったでしょ。あれはわたしが壁をめちゃくちゃに壊しまくって迷図を探していた名残なの。変な崩壊の仕方だったのは、そのせいもあったと思うわ。南黄砂村で開けた出入口の場所は遺跡の真ん中辺りで、蹴砂の町で開けた出入口とは位置が反対側だったから、出入口の痕跡もわからなかったの。同じ遺跡かも知れないと思ったのは、ラディウスを取って崩壊が変だと気付いてからよ。わたしが一度、変則的な方法でシェインのマーキングをしていたから――」
「一度は異次元に逃げて漂っていた遺跡が、かつてマーキングを施したシェイナーのシェインに惹かれて移動してきた可能性もあった、と?」
プリンスが皮肉っぽく唇を歪めた。
「でも、出入口のマーキングは消したし、その出入口も他の人が誤って落ちたら危険だと思って閉じたはずよ――――いい加減だったかもしれないけど」
帰還者の晶斗が『遺跡を呼んだ』のではなく、ユニスが遺跡を引き寄せた可能性もあった、そして、危険な実体化を促したのもユニスのシェインの影響だった可能性もある……今となっては何もかも憶測だ。たとえ見逃せない要素であったとしても、それを南黄砂村の騒動の際に明かしていたら、根拠の無い非難がユニス一人に集中しただろう。
「なるほど、一連の理屈は通っていますね。報告書に追加しておきます。――その他は?」
「もうありませんッ。ごめんなさい、今後は変なことはしません。貴重な遺跡の破壊は控えますッ」
ユニスは謝った。こうなったらやけくそだ。徹底的に謝り倒して、なんなら東邦郡風に土下座でもしてやろうかと悶悶と考えていると、
「期待しないでおきましょうか」
プリンスの表情は見えないが愉快そうな口ぶりだった。怒っていないのがわかって、ユニスはホッとした。ただ精神的に疲れたので黙っていると、それをどう解釈したのか、プリンスの方から話しかけてきた。
「おや、彼と一緒に東邦郡へ行きたかったんですか」
「……いいえ、観光旅行は行きたいけど、次の機会でいいもの」
ユニスは大きな溜息を吐いた。どうして誰もかれも、プリンスまでもが、話をそっちへやりたがるのだろうかと、うんざりする。
彼は本気で貴女を連れて帰りたかったようですがね、とプリンスは小さくもない声で呟いた。
ユニスは応えなかった。というより、答の返しようがなかった。晶斗を拾って一緒に居たのは一週間そこそこだ。その時間の半分くらいは逃走やら遺跡探索やらで、お互いのことを知る暇なんか、ほぼ無きに等しかった。
晶斗を砂漠で拾った。お互いの利害が一致した。二人で協力して遺跡を破壊した。一緒に居るのは……けっこう、楽しかったかも。
そして、晶斗は故郷へ帰った。――――今となっては、ただそれだけ。
「シリウスは東邦郡へ帰って一度陸軍に復帰します。軍籍も元通りなので、手続きはスムーズに行われますが、すぐに退職してフリーランスに戻るでしょう。もともと彼は一匹狼なので」
「そして、シャールーン帝国の遺跡地帯に来て欲しいの?」
「こちらには条件の良い仕事が在りますから。――彼がコンビを組みたがる優秀なシェイナーもいる」
「もし、晶斗がこっちへ戻ってこなかったら?」
「それはその時です。私もしばらく忙しいので遺跡には行きません。では、これで失礼」
プリンスはその場から空間移送して消えた。
途端に、駅構内の騒がしさが耳についた。それでプリンスと話をしていた間は、プリンスの張ったシェインの結界の中にいたのだと、ユニスは気付いた。
空になったプラットホームには次の列車が入ってくる。乗客が降りた列車に清掃員が入っていく。そして、新しい乗客が満ち潮のように訪れては、発車待ちの列車に乗り込んでいく。
「さて、わたしも――――行くか」
ユニスは、混み始めたプラットホームを改札口の方へ歩きかけて、止まった。
もう一度だけ、東邦郡行き特急列車の去った方を振り返る。
「また遺跡に入りたくなったら――――そのときは、東邦郡一の護衛戦闘士を雇うのも、面白いかもね」
自分のアイデアに笑いながら首をすくめ、ユニスは軽い足取りで、中央駅を出て行った。
〈了〉




