079:故郷への帰り方
ユニスと晶斗が乗り込んだのは普通快速列車だったので、守護聖都フェルゴモールへ到着したのは、乗ってから二日後の正午だった。
「早く、早く!」
ユニスはまっさきに東邦郡行きの列車を確認した。時刻表を確かめると、一番早い東邦郡行きは、午後過ぎの発車予定だ。東邦郡への直通列車はこれしかない。乗り損ねたら、次は三日後だ。
ユニスは晶斗の装備品や黒いトランクやらの荷物を全部渡し、当座の給料として手持ちで払えるだけの現金を手渡した。
「いや、こんなに慌てなくていいんだが……急いで帰っても用事があるわけじゃないしさ」
「ここでプリンスに見つかったら、今度こそ本当に帰れなくなる危険があるけど、いいの?」
ユニスもむやみにプリンスの名を出したわけではない。プリンスの本業は宰相閣下だが、実際に遺跡探しをしている研究者なのも有名な事実だ。いつでも理律使と護衛戦闘士を必要としているのも本当である。こうしている間にも、近衛騎士団とかに急襲され、拉致される危険が無いと、誰に言えるだろう。
ユニスの心配は晶斗にも通じた。「確かに、あいつならやりかねない」と、晶斗は素直にお金を受け取り、東邦郡行きの列車に乗ることに同意した。
晶斗を東邦郡行き特急列車の搭乗口に押し上げて、バイバイと右手を振っていると、晶斗はなんとも名残惜しそうな、縋るような目でユニスを見下ろした。
「あのな、ユニス、俺は……」
「気を付けて帰ってね。東邦郡に着く頃には、晶斗の身分証とかも、ちゃんと復活していると思うわよ」
あのプリンスのことだ。ユニスの指から指輪を外したように、仕掛けたすべてを在るべき位置へ完璧に収めているだろう。
「いや、そうじゃなくて……ありがとう、それから、その……」
晶斗は、ユニスが振っていた右手をパッと掴んだ。
「東邦郡にも遺跡はあるぞ。良かったら、このまま俺と一緒に……」
「ごめん、今回は無理。東邦郡も一度は観光してみたいけど、さっきトイレに行ったついでにマユリカに連絡して、一緒にエステ旅行に行く約束をしちゃったから」
ユニスは早口で晶斗の言い掛けた言葉を遮った。
「あー、そう、か……」
晶斗はガックリ、顔を俯けた。それでもユニスの手を放さない。
「――いや、お前さ、男からこういう誘いを受けたときは、一緒に行けませんって、はっきり断り文句を言えよ。もしいつか似たような状況で男に誘われたら、絶対そう言えよ?」
「そういうものなの? どっちにしろ、ここは監視の目が多いから、わたしはどこにも行けないわ、安心して」
ユニスはにこやかに小首をかしげた。
晶斗が目を瞠った。顔はユニスへ向けたまま、目を動かさずに周囲の状況を観察している。
「俺としたことが…………なるほど、ここはプリンスのお膝元だったな。――すごいな、全員シェイナーかよ」
今日に限って、晶斗が気付くのが遅れたのは、監視者全員が気配を消せるシェイナーであり、監視対象がユニスだけだったからだ。ユニスは、駅に着く前から監視の目には気付いていた。晶斗はどうやら他に気掛かりなことがあったようで集中を欠いていたようだ。
駅に着いてからは監視の目がさらに多くなった。しかも、そのうちの一つは気配を隠さず、存在をアピールまでしていた。この数日で、ユニスも晶斗もお馴染みになった気配の主が、今日も直直に足を運んで来られたようだ。
「お前もいろいろ大変だよな。――――わかったよ、それじゃ、これでお別れ――かな」
発車のベルが構内に鳴り響く。
晶斗はやっとユニスの手を放した。
「じゃあな。いつかまた、どこかの遺跡地帯で会おうぜ」




