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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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078:帰り道とは

 飛空艇が星空の彼方に見えなくなる。

 プリンスが守護聖へ帰った、と心の底から実感した途端、ユニスは足から力が抜けた。石畳に両膝を付いた。

「おい、立てるか?」

 晶斗が手を引っ張ってくれるまで、ユニスはその場にへたり込んでいた。


「やっと終わったな」

 晶斗は誰に言うともなく呟いた。

 ユニスは、膝の汚れを手で払いながら立った。足が震えていたが平気なフリをして背筋を伸ばし、飛空艇の去った方角をしばらく眺めていた。

「もー、当分、遺跡はいらないわ。のんびり休暇を取ることにするわ」

 両腕を上げ、大きく伸びをする。

「俺も。東邦郡に帰って……それからだな。いろいろ、世話になったな」

 晶斗からは、もう不安や(あせ)りや、ときおり感じられた理由のわからない(いきどお)りのごときシェイナーに対する執着も、感じられなくなっていた。ずっとポケットに持っていた安定剤も使う必要はないだろう。

「どういたしまして、これで晶斗は家族に会いに行けるわね。わたしも拾ったかいがあったわ」

 ユニスは肩の力を抜いた。こうして(なご)んだのは何日ぶりだろう。晶斗を拾った日から、お茶の時間も落ち着けなかったような気がする。

「おーい、君らも早く来い」

 トリエスター教授が呼んでいる。広場の片隅がライトで明るくなっていた。黄砂都市から治安部隊を運んできた軍用飛空ヘリコプターが三機、慌ただしく離陸準備に入っている。

「そういえば、トリエスター教授が守護聖都まで送ってくれるって言ってたのよ。晶斗も守護聖都までは来るでしょ。東邦郡まで列車で帰るんだから」

 二人とも、一度は守護聖都フェルゴモールに帰る必要がある。ここはトリエスター教授の好意に甘えることにして、二人でトリエスター教授が先に乗っていた機体に乗り込んだ。

 トリエスター教授は操縦席の方へ身を乗り出し、パイロットと喋っていた。二人が乗り込んだのを、横目でチラリと確認すると、

「よし、行け」

 低く鋭い指示をとばした。その微妙なニュアンスは、ユニスと、晶斗の耳にもしっかり聞こえた。

「あの、今のは守護聖都行きの指示に聞こえなかったような……?」

「おい、このヘリの目的地は? どこへ行く気だ、はっきり教えてくれ」

 飛空ヘリコプターはすでに離陸した。

 南黄砂村の広場は眼下にどんどん小さくなっていく。

「二人とも、落ち着きたまえ。じつは、東の遺跡地帯(サイトゾーン)で、新しい遺跡が見つかった。ヒアデスクラスかもしれんのだ。先発隊がシェイナーの到着を待っていて、急がないと逃がしてしまう危険がある」

 トリエスター教授は眉間に険しい縦皺を寄せた。


 ユニスは席から立ち上がった。

「わたし、行かないからッ。村に戻して!」

 だが窓の外に見えていた南黄砂村の広場の灯は小さな光点となり、すぐに見えなくなってしまった。

「なにを言うか、シェイナーと護衛戦闘士は必需品だろうが。契約を忘れたとは言わせんぞ」

 あまりにも堂堂と言い切られたので、ユニスも晶斗も呆気に取られたが、晶斗の方が復活は早かった。

「また、俺も込みかよッ!? 俺は東邦郡へ帰るんだぞ」

「こんなチャンスを逃すのは愚か者だ。これから行くのは、魔の遺跡地帯といわれる危険区域で、これまでまともな研究ができた試しがない。君達には期待しているんだ、がんばってくれよ」

 トリエスター教授はものすごく嬉しそうだ。魔の遺跡地帯と言えば、まともな遺跡探検家なら決して足を踏み入れない、不吉な噂がてんこ盛りの、伝説の遺跡地帯。聞かされた方は悪い予想で固まるしかなかった。


「そんなの、いやよーっ!! やっと文明社会に戻れると思ったのに~」

 ユニスは窓にべったり張り付いた。無情な飛空ヘリ真っ暗な地平線に向かって行く。窓の外に南黄砂村も涙で滲んで見えなくなった。と、いきなり晶斗に肩をグイと引かれた。

「きゃ、何すんのよ!?」

ユニスの悲鳴に、トリエスター教授が、ん? と眉の片方を上げた。晶斗に肩を抱かれているユニスを見て首を傾げたが、カップルのいちゃつきに見えたのか、やれやれという風に肩をそびやかして端末に目を落とした。


「ちょっと晶斗、近すぎるから、もうちょっと離れて!」

 ユニスが晶斗の腕の中で身をよじると、晶斗はユニスの左耳に囁いた。

「冗談じゃないぜ、あんな所へ行ってたまるか、逃げるぞ」

「え、ここから逃げる気なの?」

 ユニスは顔から血が引いた。本当の貧血を起こさなかっただけでも自分を褒めたいと思った。

「あなた、正気で言ってるの。今度プリンスに逆らったら殺されるわよ。さっきは見逃してもらえただけなのよ?」

 ユニスも小さな声で応えた。飛空ヘリコプターはわりと静かな乗り物で、低い機械の稼働音は機体内にも響いているが、普通のボリュームで喋っているとトリエスター教授にも聞かれてしまう。仕方なく、ユニスは晶斗に密着したままで小声の会話を続けた。

「この状況はトリエスター教授との契約だろ」

「そういえばそうかも。プリンスは晶斗に、ご自由に、って言っていたわね」

「トリエスター教授との契約は、あの遺跡探索で終わったんだ。つまり、もう無効ってことだ。座席の下に緊急用の落下傘(パラシュート)がある。この下を通っている線路は、東の終点が守護聖都だ。線路沿いに歩けば必ず駅がある。……それとも、大人しく魔の遺跡地帯に連れて行かれて、あの二人にまたこき使われたいか?」

「それもやだ」

 ユニスは暗い窓の外へシェインの目を飛ばした。

「黄砂都市を過ぎたわ。すぐ次の駅が見えるはずよ」

 ユニスは右の金属壁に右手を当てた。

「頃合いだな」

「わたしに掴まってて。引っ張るから」


 座席の(そば)にあるパラシュートは緊急の二人用だ。晶斗が体を前に倒して左手でパラシュートを掴む、と同時に、ユニスの肩に回した手に力が込められた。

 ユニスが金属壁にシェインホールを穿(うが)つ。

 晶斗が掴んだパラシュートを座席の下から取り出した。すかさずユニスは、晶斗を自分の方へ引き倒し、一緒にシェインのトンネルへ、真っ逆さまに落ち入った。


「あっ、君らどこへ行……!?」

 トリエスター教授の叫びは、閉じた金属壁に遮断された。


 パラシュートは二人の頭上に白い花弁のように広がって、飛び去るヘリコプターを見えなくした。

 ユニスは真下の線路を走って来る守護聖都行きの列車へ着陸地点を合わせ、晶斗は適度な高度でパラシュートを切り離した。二人で手を繋いで、空中から列車めがけて作ったシェインのトンネルに滑り込む。列車の天井に開けたトンネルの出口から、車内へ無事に乗り込んだ。

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