077:世界の迷図は秘匿される
ユニスは、てっきり遺跡への勝手な侵入を怒られると思って首を竦めていたのに、拍子抜けした。それは晶斗も同様だったらしく、プリンスを見る目が奇妙なモノを見る目付きになっている。
ひとしきり笑ってから、プリンスは目を伏せた。
「やれやれ、どうやら私は、とことんヒアデスクラスには縁がないらしい。シリウスも当面の危険は無くなったわけだ。守護聖都へ来るか、一人で東邦郡へ帰るか――――どちらを選びますか」
プリンスはまたもや晶斗に二択を突き付けた。ただし、今度はちゃんと選択の余地が残されている。
「俺は東邦郡に帰っていいんだな」
「ご自由に」
晶斗に応えたプリンスは、コートを翻して飛空艇にむかった、が、昇降口で振り返った。
「おっと、忘れるところでした。世界の迷図を返してもらいましょう」
プリンスと目が合ったユニスは、ハッと左手を胸の前に挙げた。
「この指輪!!」
外れない呪いの指輪と、忘れかけていたプリンスに対する怒りがふつふつと湧きあがる。
「世界の迷図なんか知らないッ。この指輪をなんとかしてくれる約束でしょう!」
ユニスはプリンスの言い付け通りに守護聖都を訪れ、神聖宮に入った。しかし指輪は外れず、晶斗は昏睡状態のユニスを抱えて、戒厳令下に置かれた守護聖都を逃げ廻るはめに陥ったのだ。トリエスター教授の邸に押し入らなければ、今頃は国家大逆犯として逮捕されていたのだ。
「それとも、わたしたちを利用したくて騙したの?」
「さきに世界の迷図を返してください。あるいは取り出す許可をくだされば、指輪は外れます」
「どういうことかよくわからないけど……じゃあ、そうして!」
「では失礼して」
プリンスが遠くから握手を求めるように、右手を差し出した。
「ユニス、その胸は」
仰天した晶斗の声に、ユニスは自分の胸を見下ろした。
服を透けて、胸の真ん中が淡い薄紫色に光っている。光は丸く膨らんだ。光珠の大きさだ。まぶしいくらいに強くなると、胸の中から浮き上がり、抜け出てきた。
その瞬間、ユニスの左手中指から指輪がするりと抜け落ちた。同時に、ユニスの中に在った別の何かも、すっぽりと抜き取られたのを感じた。
それはこの瞬間まで気づかず、しかし、無意識の中で重要な役割を占めていた一つの塊のようだった。それがラディウスと共に、根こそぎ無くなったのだ。まるで脳の一部分が欠けて、その空洞を風が吹き抜けていったようにさえ感じられた。
ラディウスが、飛んだ。
光の軌跡を残して、プリンスの右手に移り、金色の炎と燃える。
「保管、ご苦労様でした。これで、あなたに施したプログラムもすべて解除済みです。お礼はのちほど改めて」
ユニスは、体が震え出した。蹴砂の町で、プリンスと対面したときのことが脳裡にフラッシュバックする。おそらくこれがその答えだ。
「プログラムって、何をしたの!?」
「蹴砂のホテルで話をしたときにね。あなた方が神聖宮から世界の迷図を取って脱出し、サイメスとの駆け引きが終わるまでの、わたしの計画書。うまく動きました――予想以上に」
言葉も無く目を丸くするばかりのユニスと晶斗を尻目に、プリンスは扉が閉まる直前、
「では、また。次の遺跡でお会いしましょう」
耀くばかりの笑顔で告げた。
そして、飛空艇は、守護聖都のある東の空へ飛んでいった。




