076:遺跡は欺く
蒼い空には白い満月が上っていた。
黄昏色の降りた広場の一角で、ユニスは晶斗を庇うように前に出た。
プリンスはお付きの近衛騎士二人へ先に飛空艇に戻るよう合図し、ユニスと対峙した。
「念のため、その根拠を聞きましょうか」
華麗な略礼装のプリンスの姿が月光に蒼白く浮かび上がる。白いマントは砂漠の冷たい風にはためき、まるで月からの不吉な知らせを運んで来た月神の使者のようだった。
ユニスはゴクリと唾を呑み込んでから、口を開いた。
「ヒアデスクラスの遺跡はそうそう出現しないわ。晶斗が遭難した遺跡は、さっき破壊された遺跡だった可能性がもっとも高いわ。だって、村のこんな中心部の、晶斗が居る所にわざわざ出現したんだから」
「それだけでは同じ遺跡という証明になりません。シリウス……晶斗を東邦郡に帰したいために嘘を吐いても、帰還者の危険が無くなるわけではありませんよ」
プリンスは穏やかだ。ユニスが晶斗に同情して、こんなことを言い出したと考えているのだろう。でも、違う。
「それくらいわかっているわ。でも、蹴砂の町で晶斗が出てきた遺跡は、破壊されたのは間違いないわ。ヒアデスクラスの遺跡が現れる確率は? 何十年かに一度なんでしょう。他に誰も知らなくても、蹴砂の町にヒアデスクラスの遺跡が出現したのは間違いない事実だわ。だって、晶斗が遺跡から吐き出されて還って来たんだから」
「帰還者がどこから戻ってくるのかは謎とされています。同じ遺跡から出てきたとは限りません。それで、あなたはその巨大遺跡に入り、固定もせず、消える危険も考えずに、中をうろつき廻っていたんですか?」
「自分の勘と空間移送には自信があるし、固定化したら、他の人にも見つかってしまうもの。やたらと大きな未固定遺跡で、朝から昼まで歩き廻っても迷図を見つけられなくてイライラして出てきたら、近くに晶斗が落ちていたのよ。その遺跡は放って置いたら、夜にはどこかへ消えていたわ。気にしなかったのは、他にも晶斗のテストに使った遺跡を含めて、手頃な遺跡をいくつか見つけていたからなの。あの時はヒアデスクラスや帰還者のことは知らなかったから。今までは、小さい遺跡なら、わたしが入った痕跡が残らないように全部破壊していたんだけど、あれは大き過ぎてどうにもできなかったから…………」
嘘じゃない。ユニスは正直に告白した。なのに、プリンスと晶斗はなぜか冷たい目だ。晶斗は、遺跡なんてそう簡単に破壊できるもんじゃないんだがな……と、ボソリと呟いた。
「これまでに破壊した遺跡はいくつあるんですか?」
直球でプリンスに訊かれて、ユニスは考える暇もなく答えた。
「いや、その。これだけ、ですけど」
小さな声と一緒に指を立てる。
二本。
他の指を上げかけて途中で降ろしたのは、緊張のための震えと、過去に入った遺跡の数をどこまでカウントするかという基準に迷ったせいだが、プリンスと晶斗の疑惑の眼差しを深めてしまっただけだった。
「今回と、俺のテストで入ったヤツだろ?」
晶斗はユニスが何に怯えているのかわからないのだ。しかし、プリンスは、ユニスが告白しようとしている要点を鋭く察知した。
「遺跡にあるのはラディウスだけではありません。迷図が見つけにくく、ラディウスの入手方法が難しいというのもありますが、遺跡内部の迷宮には、古代の遺物や線刻文字など、学術的価値の高いものも多くある。中には迷図が発見された遺跡もありますが、遺跡を保管するために、秘密にされているんですよ」
プリンスのおかげで、ユニスは小さく頷くだけですんだ。代償のように額に嫌な汗が滲む。
「まさか、他にも破壊した遺跡があるとでも?」
プリンスがユニスを観察している。瞬き一つ、指先一本に至るまでの動作も何一つ見逃さないように。
「そ、それは、あったとしても、問題ないわ。今は晶斗の遭難した遺跡の話よ。今日のヒアデスクラスの遺跡は、初見ではわからなかったけど、わたしが蹴砂の町で見つけた、迷図を見つけられなかった遺跡と特徴が一致するの。だから、晶斗が出てきた遺跡でもあったはずよ」
ユニスの額から流れた汗がこめかみを伝い落ちた。全精神力を総動員して、プリンスの目を見つめる。一瞬たりとも気を抜いてはならない。
晶斗が遭難して吐き出された遺跡は九九・九パーセントの確率で存在しない、ゆえに、晶斗の前に現れることは二度と無い。帰還者の伝説が正しければ、晶斗は自分が遭難した遺跡が出現する可能性には、怯えなくても良いのだ。
「だから晶斗は自由よ。故郷の東邦郡に帰れるわ」
ユニスは晶斗に顔を向けた。晶斗は、疑問は晴れきらないが、どことなく安堵したのが窺える表情でユニスを見返した。
プリンスは……――しばし、無言だった。ユニスへの冷たい眼差しで、この広場が大氷原に変じるのではないかとひやひやしたほどだ。
ユニスにたっぷり冷や汗をかかせてから、プリンスは再び質問した。
「もう一度だけ訊きましょう。他に破壊した遺跡は?」
「ありません」
「では、他に言うべきことは?」
なぜかプリンスの口調がやや砕けた調子になった。いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。ユニスはビシッと直立不動の姿勢をとった。
「ごめんなさいっ、これからは気をつけますっ」
神妙な面持ちで顔が地面と平行になるほど頭を下げたら――――。
プリンスは、声を立てて笑い出した!




