075:帰還者の伝説
「彼は私と契約します」
プリンスと?
トリエスター教授と晶斗はわかっている風だが、ユニスには、さっぱり話が見えない。
「どういうことなの、わたしは晶斗から何も聞いていないわ」
何にせよ、晶斗にとっては良い話ではなさそうだ、とユニスは直感した。
「東邦郡はシェイナーが少ないからですよ。シリウスにはシェイナーが必要です。それも、きわめて優秀なシェイナーがね」
プリンスがチラリとユニスを見た。
トリエスター教授が笑った。
「その点、我がシャールーン帝国はシェイナーの聖地で、私のアカデミアは大陸最高のシェインの殿堂だ。問題があるとすれば、シリウスがユニス君と一緒にいたいと思っていることかな。あいにく、うちのチームは男ばかりでね。しかし、ユニス君がアカデミアに所属すれば、問題は一発で解決するだろう。なにせ、ユニス君は大陸最高のシェイナーにして『冷凍少女』だ、コンビを組むのに、これ以上の良い条件は他では望めないだろう」
トリエスター教授はユニスを褒めているみたいだが、そんなふうに言われる理由が、ユニスにはさっぱりわからない。
「どうせわたしは普通じゃないシェイナーだし、本能だけで動く冷凍少女で悪うございましたね! 晶斗、この人たちが何を言っているのか説明してくれない?」
ユニスは晶斗を振り返った。たとえ一時的にしろ、相棒として組んでいる晶斗にシェイナーとしての仕事ぶりを評価されるならまだしも、トリエスター教授とプリンスに『冷凍少女』をこんなふうに揶揄される覚えはない。
ユニスは、晶斗は笑うか怒るだろうと思った。
だが、晶斗はユニスを見ていなかった。あらゆる感情を押し殺した静かな表情、そんな顔を、プリンスとトリエスター教授に向けていた。
「最初からわかってたんだろ、俺がユニスと出会ったのは偶然だったかもしれない。だが、俺が『帰還者』なら、最後にはあんたらの所に行き着くしか、生きる道はないってのがさ……」
晶斗は落ち着き払っていた。
だが、その声音に含まれた不吉さに、ユニスの方がゾッとした。シャールーン帝国に帰還した晶斗が、プリンスとトリエスター教授の所へ行くのは必然だった? そんな馬鹿な。
「晶斗まで、何を言っているの。晶斗が帰還者だと、何があるというの。帰還者がいれば、遺跡を見つけやすくなるだけじゃなかったの?」
「帰還者は遺跡を呼ぶのです。そして、いつか元いた迷宮に、呼ばれて還る――という言い伝えがあります。我々はこれからそれを検証することができるでしょう。シリウスという生きた証人を手に入れましたから」
プリンスの声は、まるで古詩を詠うように玲瓏と響いた。
束の間、聞き惚れたユニスは、その意味を考えるのが遅くなった。
ヨバレて、カエるって、だれが、どこへ……?
「いつか晶斗の前に遭難したのと同じ遺跡が再び現れて、今度こそ強制的に異空間へ連れて行かれるということなの?」
ユニスは背筋が寒くなった。当の晶斗は何も言わないが、四六時中、いきなり異次元に連れて行かれるかもしれないと怯えて過ごす恐怖、しかも逃れる術がないなんて、ユニスは想像したくもない。
プリンスは説明を続けた。
「それが、古来より伝わる帰還者の宿命だそうです。記録では、帰還者の多くは、一度目に行方不明になったのと同じ遺跡が出現した直後に、その遺跡の消失と共に、再び行方不明になっています。寿命を全うしたという記録はありません。その最後は謎です。しかし、シェイナーが近くにいれば助けてもらえるかもしれない。ことに遺跡の探索に得意な能力を持つシェイナーならね」
迷宮を一瞬で踏破し、隠された迷図のラディウスを取り、崩壊する迷宮からさえ軽がると脱出できるシェイナーの庇護があれば、助かるかもしれない.……というのは、あくまで可能性だ。
遺跡がどこから来てどこに行くのかは、誰も知らない未知の領域なのだから。
「まったく、東邦郡のあの護衛戦闘士のシリウスが、可愛い女の子に雇われて、よくおとなしくガードだけをしていたものだ。よほど迷宮が怖かったようだな。ん、スタッフが呼びに来たようだ、失礼する」
トリエスター教授はこの場から離れた。
「それで晶斗はわたしにくっついてたのね。どうりでなんでも素直に言うことを聞いてたわけだわ」
ユニスの嫌味も、晶斗は平然と受け止め、ひょいと首をすくめた。
「ま、感謝してるよ。一緒に遺跡に入るのは、けっこう面白かったしな」
晶斗とユニスの視線が合った。二人して吹き出しかけたが、
「十年前、彼が遭難した遺跡もヒアデスクラスの可能性がありました。惜しくも、私が到着する前に逃がしてしまいましたが……。どうやら私はヒアデスクラスとは相性が悪いようですね。今回は誰のせいとはいいませんが」
プリンスの低い声には悔しさが込められていて、雪嵐のごとく冷ややかだった。
ユニスは冷水をぶっかけられた気がした。冷凍技はユニスの特技だが、そのユニスが凍りつかされそうな気がしたのだから、晶斗が表情を消したのも無理はない。
「いずれ同じ迷宮がシリウスの前に現れるのか、シリウスが呼ばれて行くのか。今後の展開が楽しみです。今日はこれで守護聖都に戻りますが、このまま私と一緒に来ますか?」
プリンスは、口角を上げた冷たい微笑を浮かべ、飛空艇の方を見やった。つられるように晶斗もそちらを向く。
ユニスは慌てて晶斗の前へ踏み出し、プリンスと向かい合った。
「ちょっと待って! そんなこと言ってたら、晶斗はプリンスの居る場所からどこにも移動できないわ。一生拘束されてしまうわ」
「仕方ないさ。帰還者は遺跡を呼ぶんだ」
ユニスの左肩に晶斗が手を置いた。右肩越しに振り向いたら、晶斗は乾いた微笑を返してきた。
「いつかまた、今日みたいなことがあるかも知れない。そうしたら俺だけじゃなく、大勢の人に迷惑をかけるかもしれないんだ。そんなのは嫌なんだよ」
一瞬の間を置いてから、晶斗はユニスの肩を軽く叩いた。
止まった時間が動き出すかのように、晶斗は、ついとユニスから離れ、プリンスの方へ歩き出した。
「いろいろありがとう」
軽く振られた晶斗の左腕を、ユニスは追いかけ、両手で掴んだ。
「待って、行っちゃだめ、晶斗が出てきた遺跡なら、どこかで壊れてるわ、今日の実体化はサイメスの変な機械のせいだもの。晶斗は大丈夫だから、きっと……ほんとうに、もう大丈夫なんだから!」
嘘を吐くつもりはない。ただ、可能性は五分と五分。だって、確たる証拠が乏しく、全部がユニスの憶測だから、晶斗にも言わなかっただけだ。
ユニスにしがみつかれた晶斗はキョトンとしているが、プリンスの目は鋭い光を宿していた。
もしもプリンスを欺くつもりなら、殺される覚悟が必要だ。甘い相手ではないことをユニスは知っている。
晶斗とプリンスは、ユニスが喋るのを待っている。
ユニスはゴクリと唾を呑み込んだ。




