074:行き着く先は
近衛兵を従えたプリンスが足早にユニスの前を通り過ぎると、休憩所に居た人人のざわめきが静まった。プリンスは敬礼する治安部隊の間を抜け、武装解除されたサイメス人の捕虜が集められている場所で足を止めた。
白炎大佐らは手錠で拘束されて石畳に座り込んでいる。
ユニスはお茶を飲みながら、その様子を眺めていた。
「あの、産業廃棄物野郎が……」
白炎大佐が呻いた。
「久しいな、白炎卿。サイメスの駐在武官として、たしか、空円大使の着任式以来になる。ルーンゴーストの旅は堪能していただけたようだ」
プリンスは貴族社会で用いられる上流階級特有のサラサラした発音で話しかけた。ユニスは、シャールーン帝国の市民ですら聞き取り辛い言葉がサイメス人に通じるのかと怪しんだが、意外にも白炎大佐は、同じ上流階級のアクセントで皮肉たっぷりに応じた。
「ああ、おかげでこのザマです。完全に俺の敗北ですな。貴方にしてみれば、十年前の遺恨を見事な逆転で返したってことでしょうが、会議の残りもこの調子で運ぶおつもりですかな。しかしながら、俺を逮捕できる証拠なぞ、見つかるわけがありませんぞ。どうしても俺を殺したければ、この場で首を刎ねたらいかがですかな、暗殺のお好きなセプティリオン宰相閣下?」
白炎大佐は手錠付きの両手をわざとらしく上げた。プリンスと白炎大佐のやりとりを、治安部隊と他のサイメス人は息を呑んで見守っている。
プリンスは、美しく微笑んだ。
「私へのお気遣いは痛み入る。貴官らは空円大使に感謝したまえ。守護聖都で、貴官らの身柄は空円大使に引き渡される。ただし、それまでの数時間、守護聖都でも、貴官らにも、徹底的に尋問はさせてもらうから覚悟したまえ」
その美貌のあまりの冷たさに、傍観していたユニスは背筋が凍りついた。それは、報道向けでもファンサービスでもない、ユニスが初めて目にする、冷酷な政治取り引きを行う大政治家の表情だった。
「貴様、大使館の連中に何しやがったッ!?」
憤激の形相で立ち上がった白炎大佐を、治安部隊員が数人がかりで押さえつけた。そして連行されていく白炎大佐達にプリンスは背を向け、ユニスの所へやって来た。
「お待たせしました。ここで光珠を貰い受けます」
「え?」
と、ユニスは近くに立つトリエスター教授に目をやり、再びプリンスを見た。
「でも、これはトリエスター教授に渡す約束で……?」
「ええ、行き着く先は同じですから」
一拍の呼吸をおいて、ユニスは自分の耳を疑った。
「おな、同じって、まさか、この前のも?」
ユニスが目を瞠っていると、トリエスター教授が今思い出したという顔つきで、左腰辺りで手を軽く振った。
「そうだったな、ほれ」
と、目に見えない理律のポケットから戻した手には黄金色に光る透明な珠があった。もう一つのラディウスだ。治安部隊が白炎大佐から回収してトリエスター教授に返してきたという。
「ついでにこれも預けておこう。先に持って帰っておいてくれ」
「確かに受け取りました。ルーンゴースト学術院の研究室に届けておきます」
ユニスは唖然として口を開けた。
トリエスター教授はコホンと咳払いした。
「今後のために説明しておくが、サイトショップの店主も仲間だ。我我は遺跡の発掘品の国外流出を防ぐために、大陸全土に特殊なルートを作り上げた。遺跡に関する情報とあらゆる品は、すべて学術院へ集まってくるようにな。表も裏もすべてだ。サイメスの連中とて例外ではない。彼らの独自の海峡ルート以外はサイトショップが関わるようにシステムを張り巡らしてある」
「じゃ、あのサイトショップの店主が言ってた、とある組織のボスっていうのは……」
「私のことだよ。正確には、我我、研究者とセプティリオン大公だ。とある組織と聞くと、人は怪しい犯罪組織を連想する。そうそう、もう一つの珠もここでもらっておこうか。代金は聖都に戻ってからだがね」
トリエスター教授の説明を聞いているうちに、ユニスは強烈な脱力感に襲われた。ラディウスの売却先を、プリンスかトリエスター教授かとある組織にするかでさんざん悩んだ時間がもったいなさすぎる。
「もう、いいわ、それで……」
ユニスは右肩の上からピンクの巾着袋を出し、ラディウスを取り出した。黙ってそれを、プリンスへ差し出す。
「たしかに受け取りました」
プリンスが右手を拳に握ると、ラディウスは消失していた。シェインのポケットに入れたのだ。
「これで全部終わったな」
ユニスの横にやって来た晶斗がのんびりと言ったので、ユニスは「そうね」とうなずいた。
「あとで連絡するよ。俺の取り分はそのあとで俺の口座に振り込んでくれ」
「なによ、もうすぐに東邦郡へ帰っちゃうの?」
ユニスは巾着を右肩越しに後方へぽいと放り投げて隠した。晶斗を連れて守護聖都に戻ったら、マユリカも呼んで遊びに行こうと考えていたのだ。そう提案したら、晶斗は困ったように首を横に振った。
「いや、そうじゃない。……でも、君はずっと俺の傍には居られないだろ? だから、俺は、別のシェイナーの所へ行かないとダメなんだ」
晶斗の視線の先には、プリンスがいた。




