073:十年前は
二人で降り立ったのは、広場の北の端だった。晶斗と繋いだ手を離さないまま、ユニスは周囲の環境を確認した。
かすかな薄紫のきらめきが村の上空に降り注いでいる。
人人が集まっているのは、広場の南側だ。
「二人とも、無事か。よくやった!」
トリエスター教授が駆けてくる。
「良かった、みんな無事なのね」
「サイメスの連中は逮捕されたぞ。もう安心だ」
ユニスがトリエスター教授の話に安堵する傍らで、晶斗は砂色の武装集団がいるのを見て、いぶかしんでいた。
「あの制服は、黄砂都市の治安部隊か。到着が速すぎないか?」
「ああ、治安部隊は、君が迷宮に戻ってすぐに到着したからな。今朝から待機命令は出ていたんだよ」
「それをあんたも知ってたわけだ。黒幕はやっぱり、プリンスかよ?」
「そういうことだ。ところで、この前から疑問に思っていたんだが、どうして君らは遺跡で手を繋いでいるのかね?」
「これのこと?」
ユニスは笑って晶斗と繋いでいる手を胸の前に持ち上げた。さっき、プリンスに訊かれたときは平気だったのに、続けて二度目となると妙に照れ臭く感じられて、ユニスは頬が熱くなった。
「ええと、つまりその……念のため、はぐれないための、用心だったの。だから、……怖くなかったでしょ?」
ユニスは、晶斗と繋いでいた左手から力を抜いて、一歩、離れた。二人の距離がゆっくりと開き、繋いだ手も自然と別れる。
晶斗は瞬きもせずにユニスの顔を見つめていた。
「ああ……ありがとう」
どこかぎこちなく礼を述べて、晶斗は自由になった手を引き戻した。
「おーい、君らもこちらへ来たまえ。休憩したら、帰る準備をするぞ」
トリエスター教授が呼んでいる。
ユニスは立ちつくす晶斗にちょっと笑いかけてから、トリエスター教授の方へ走った。晶斗はついて来ない。
ユニスはトリエスター教授と一緒に、広場の南側で村人が用意してくれた冷たい香料茶を貰った。晶斗の様子が気になるのでシェインの目で視守っていると、晶斗は思い詰めたような厳しい表情で、左の拳を右手で握りしめている。
「かくて契約完了か。……俺も、行かなきゃな。十年、経っちまってるんだ」
独りごちて晶斗が両手を離したとき、西から強い風が吹き付けて、この数日で少し伸びた晶斗の髪を東へなびかせた。
「トリエスター教授」
ユニスはお茶を片手に、声を掛けた。
「何だね」
トリエスター教授もお茶を飲んでいる。訊くなら今しかない。
「十年前って、何か事件があったの?」
「シリウスが遺跡で遭難した件か」
「プリンスとサイメス人の白炎大佐もよ」
「ふむ、そういえば、あの時もヒアデスクラスの遺跡と、守護聖都での政治問題が絡んでいたな。どうして子供だった君が知っているんだね?」
トリエスター教授の話によると、十年前、晶斗が東邦郡で参加した遺跡の調査隊は、プリンスがシェイナーとして協力するはずだった。――――守護聖都で、サイメス人の仕業と思われる事件が勃発しなければ。その対応にプリンスが引き止められなければ、プリンスは晶斗が遭難した遺跡が消え去る一時間前に到着できたはずだったのだ。
「けっきょく、守護聖都で騒ぎを起こした隙に神殿に侵入しようとした犯人は逮捕できず、シャールーン帝国側の調査隊が東邦郡の遺跡に到着したのは、遺跡が逃げた後だったんだ。せめて遺跡さえ留められていれば、シェイナーが捜索にも入れたんだがね」
「ここに、そのときのメンツが揃ったってわけね。トリエスター教授も?」
「まあな。連絡を受けてすぐに駆け付けたが、西の遺跡地帯に居たので、何もかも終わってからだったがね」
そうだったの、とユニスの中でパズルのピースがきれいに収まったとき、シェインの勘が、新たな到来を告げた。
夕焼けを背景に、空の一点が輝いた。
宵の明星とも見紛う白い鳥めいたシルエットが、ぐんぐん大きくなってくる。
白い翼は金属製だ。人間の作り出した空飛ぶ機械。その機体には北斗七星を描いた紋章。
純白の飛空艇は、広場の中央より北に、音もなく着陸した。
飛空艇の昇降口から颯爽と出てきたのは、白い略礼装のプリンスだ。銀の髪を砂漠の風になびかせ、広場に降り立つと、三人の近衛兵を従えて、晶斗の方へ歩いて行く。
「へえ、今日は来るのがえらく速いじゃないか。どこで待機していたのやら」
腕組みした晶斗は、辛辣な口調でプリンスを睨み付けた。
「遺跡探索は時間との勝負ですから」
プリンスはサラリと返した。
「でも、十年前は来なかったな」
「あれは不可効力でした。この場でお詫びいたします。あなたへの保障はすべてシャールーン帝国が支払う用意があります」
プリンスの表情も声も、この上なく真摯だった。
だが、晶斗は微塵も表情を動かさない。
「いまさら大金を積まれたって、終わった時間は買えないんだッ」
晶斗は荒荒しく吐き捨てた。護衛戦闘士としてのクールな面がかなぐり捨てられた、感情剥き出しの声だった。
「あなたはここに生きています。このシャールーン帝国に居て良いのです。それを私が保障しましょう。いかがですか」
プリンスの申し出に、晶斗は一瞬顔をクシャッと歪めた。それから腕組みを解き、右手を髪に突っ込んでワシャワシャと掻き回した。
「けっ、謝罪は受けてやらぁ。どうしたって、腐れ縁は切れないようだしな。もういいよ、俺の方は。あとはユニスと話してくれ」
「短期間でずいぶんユニスと親しくなったようですね」
「うるさい、もう関係ないだろ。彼女は自由だ、俺とは違う」
「その話はあとにしましょう。先に私の用を済ませます」
プリンスが晶斗から離れた。こちらに来る。
晶斗は、少し遅れてプリンスに続いて来た。




