072:外へ!
外側からシェインの目で視た遺跡の様子は、ユニスの予想を大きく外れていた。
「迷図は崩壊しているのに、遺跡はまだ消滅を始めていないわ!?」
ユニスは走りながら、晶斗と一緒に通ってきた迷図の空間を振り返った。来た路は崩壊して跡形も無い。だが迷図は潰れることなく、異空間としてのスペースを保ち続けていた。
「なんてしぶとい遺跡なのかしら」
「そういや、この前とは違うな。ここもこれで壊れているんだろうが、俺達にはその方が都合が良いんじゃないのか」
晶斗はバイザーを外した。もう肉眼でも路が見える。
迷宮の空間を走る繊細なヒビは、そのまま空中に漂う黒い線模様のようだ。崩壊したらすみやかに『無』に還るべき異界の物質が奇妙な変化を遂げ、ユニスの属する次元世界に確かな物体として現れ出ようとしている。
「わたしの知っている遺跡とは性質が異なっているわ。迷図で異常な実体化が進んでいたのは、サイメス人の装置のせいね。だから、遺跡全体まで、変な潰れ方をしているんだわ。わたしのシェインでは、外へ直通するシェインホールを開けられないのよ。うかつなことをしたら、その反動で壁の中に閉じこめられるか、いきなり潰されちゃうかもね。あ、そこが出口よ」
「あまり怖いことを言わないでくれ、足が竦む」
晶斗は苦笑いしながら、ユニスが指差した空間をユニスより一歩先に通り抜けた。二人して実体ある苔緑色の廊下に転がり出る。
すぐに地鳴りが追いかけてくる。
苔緑色の壁に、蜘蛛の巣のごときヒビ割れが無数に走った。
「追いつかれるわ、あっちへ!」
ユニスの左手を晶斗は右手で掴みながら、左手首に目をやった。
「あと2分30秒だ。けっきょく俺達は門まで行かなきゃ出られないんだな」
「ええ、門のある所が、外界との接点がいちばん安定してるの。でもね、近くまで行けば門を引っ張って大きくして、そこから一気に降りられるから!」
黄金色の雷が壁を引き裂いた。
紫の閃光があちこちで残像を残す。
壁の裂け目が大きく口を開け放った。
苔緑色の粒子が分解を始め、塵とかすれる。崩壊がいよいよ外郭へと広がっていく。外を目指すユニス達と競争するように。
軽い靴音とともに、壁のどこかからプリンスが現れた。ユニスの右横に並んで併走する。
「言い忘れたことが。ラディウスを使ったトリックは見事でした」
プリンスに視られるのは想定内だ。ユニスとリンクできるのだから、何をしたって筒抜けになる。覚悟はしているが、ユニスは軽くプリンスを睨んだ。
「見物してたのね、ずるいわ!」
「ところで、どうして手をつないでいるんですか?」
プリンスはユニスに訊いたのだが、晶斗が「えっ?」とプリンスを見た。
ユニスは、走りながら、晶斗と繋いだ手を軽く挙げた。
「はぐれないための用心よ、念のため」
「なるほど、念のためね。では、またのちほど」
プリンスは、くすっと笑い、ふわりと風に押されるように壁際へ離れて消えた。空間移送で一足先に門以外の場所から出て行ったのだろう。
しまった、今のプリンスのシェインに便乗して空間移送すれば良かったんだ、とユニスは後悔した。晶斗には黙っておこう。
「ユニス、今のは?……」
晶斗が何か訊きかけたが、ユニスは晶斗の手を強く握った。
「もうすぐ門よ、跳ぶ準備して!」
横の壁に雷光が閃いた。背後の床はもう消えている。
ユニスの右手の一振りで、前方の壁に黒い穴がポッカリ開いた。
これが門だ。そこへシェインのトンネルを重ね、ユニスのパワー全開でこじ開ける。門の穴は広がり、通路の一角が真っ黒に染まる。天井から床までシェインホールの入口が、開いた。
「1、2の、3!」
ユニスは晶斗の腕を抱えて跳んだ。トンネルに入った直後、二人の身体は風圧を受けてるように宙に浮いた。そして、グンと重力に引かれた。
落下の最中、世界が白く輝いた。
迷宮が透明になる。
村の上空、雲の上までそびえる正八面体の遺跡。
その全容が薄紫の光で輪郭を浮き上がらせる。
遙かな大地を眼下に、今や光が完全に透過する遺跡の迷宮の中を、ユニスと晶斗は降下していく。
正八面体の下方部分へとさしかかると、落下速度がわずかに遅くなった。
ミニチュアに縮んだ大地に、南黄砂村が確認できた。
地上が近づいてくる。南黄砂村の広場だ。門のあった位置からさほど遠くない。
二人の足が地に着くや、空が一瞬、明るく輝き、薄紫の光に満ちた。
そして、遺跡は、跡形無く消え失せた。




