071:迷図からの脱出
崩壊する迷宮を、晶斗の手を引いて駆け抜ける。
プリンスはどこだろう。ユニスはシェインの目で透視した。
いた! ユニスよりも三階層下の通路だ。佇むプリンスとシェインの目線が合う。プリンスもユニスを透視しているのだ。
「予測より早い。もう応急の修復では効きませんね」
そう呟くプリンスは、崩壊の原因を知っている。サイメス人の機械装置だ。サイメス人は科学技術によって、人工的な歪みを引き起こした。その性質と影響は、遺跡の歪みと相反するもの。白炎大佐の脱出路は尋常ならざる過負荷で遺跡が内包する空間を引き裂き、その綻びから崩壊は加速したのだ。
ユニスは壁と床を空気さながらに通り抜け、白炎大佐らが走り去った通路へ降り立った。
高い天井には肉眼では見えない空間の亀裂が走っていた。異常な歪みが生じている。遺跡のすべてがガラス細工のようにヒビ割れていく。
ユニスの脱出ルートは、ユニスのシェインだけでは維持が難しいほど脆くなっていた。プリンスがシェインでサポートしてくれなければ、ユニスと晶斗はとうに崩壊した空間に埋もれていただろう。
「この辺りが限界です。こうなると、私でも脱出路を持たせるだけで精一杯です。迷図にまで干渉するとは、サイメスの機械装置もあなどれませんね。では、私も脱出路へ向かうとしましょう」
プリンスは自嘲めいた笑みを唇に浮かべると、ユニスの視線にクルリと背を向けて、その場から消えた。
「空間移送した!?」
ユニスは大声を上げた拍子に、つまづいた。あやうく倒れかけたが、晶斗が繋いだ手を引っ張ってくれたので、転ばずにすんだ。
「いきなり、どうした?」
「だって、遺跡の中核付近の、ガタガタの歪みだらけの空間から、空間移送したのよ。すごいわ!」
「いや、だから、誰が何をしたって?」
晶斗に訊き直され、ユニスは、プリンスが遺跡内部を高度なシェインの技術による空間移送したのだと、慌てて説明した。
「俺たちは空間移送で遺跡の外まで脱出できないのか?」
「ごめんなさい、自信がありません。プリンスとのリンクも切れたから、わたしの力だけじゃ、この環境で新しいシェインホールを通すのも無理。このまま出口近くまで走って」
ユニスは息が切れてきた。遺跡の中でこんなに長距離を走ったのは初めてだ。
「はは、了解、あと少しだ!」
晶斗は疲れ知らずだ。さっきからユニスを引っ張ってくれている。幻想的な光が満ちる迷図の空間を二人で走っていると、夢の中にいるようだ。
ユニスは、ふと、顔を上向けた。
「あっと、今、白炎大佐が遺跡の外へ出たわ。広場の辺りよ。わたしの邪魔にならないように、ちょっとずれてもらったけど、もう安全ね」
「そりゃいいや。俺たちも早く出ようぜ」
やっと迷図の入口近くに戻って来た!
白炎大佐達のシェインホールは広場の空中に出口を開けた。
もちろん彼らは、ユニスが何かしたなんて、微塵も気付いてはいない。
「うわあっ!?」
「ぐええッ!」
広場に男の野太い悲鳴がこだました。
白炎大佐とミッシュとクリトが落ちたのは、マックス保安官の上だ。3人に潰されたマックス保安官は地面に突っ伏し、泳ぐように手足をじたばたさせた。
「ミッシュの馬鹿野郎、何してんだよ、ここ、広場の真ん中だよ」
クリトはミッシュの胸元を掴みあげた。
「えー、おっかしいな、設定ミスかな、門の位置がかなりずれた。遺跡の内部で空間干渉しまくったせいで位置が狂ったかな?」
ミッシュ・ルイは首を傾げている。
透視していたユニスは、晶斗と手を繋いで走りながら、声を立てずに笑った。
遺跡の歪みの波長に紛れ、センサーにも引っ掛からないようにシェインで空間に干渉した。白炎大佐達は永遠に気付かないだろう。
「おい、二人とも、話していないで、俺の上からとっととどけッ」
白炎大佐が怒鳴り、ミッシュとクリトを押しのけた。
「おい、お前ら、人の上で喚くな! ラクスじゃないか、いったい、どこから降ってきたんだ!?」
マックス保安官が背中の上の白炎大佐に怒鳴り返す。
「マックス、すまんが、どいてくれるか」
「それは俺が言うセリフだろう。人をクッションにしやがって」
団子になっている四人の横に、最後に降ってきたランが見事な着地を決めた。
白炎大佐とミッシュとクリトが、マックス保安官から急いで離れた。
マックス保安官が体を起こした。
その時、クリトはミッシュに背を向け、棒立ちになっていた。
「うわ……おじーちゃん、これはまずいよ」
クリトの後ろでは、逃走しようとした白炎大佐の肩に、マックス保安官が大きな手を掛け、引き止めた。
「悪いが離してくれ、マックス!」
振り払おうとする白炎大佐の腕を右手で掴み、マックス保安官は左手で白炎大佐の胸元をひっ掴むと、投げ飛ばした。白炎大佐は背中から石畳に叩きつけられた。
「わっ、大佐がやられた!?」
ミッシュは、助けを求めてランの方を見たが、ランは両手を上げたまま動かない。
「そんな、嘘だろ……」
彼らにはいくつもの銃口が向けられていた。砂色の制服と防護盾で武装した治安部隊が、ぐるりと取り囲んでいる。
白炎大佐は石畳に手をついて、ゆっくり立ち上がった。その目は驚きに大きく見開かれていた。
「冗談じゃないぜ、黄砂都市の治安部隊を呼ぶ暇なんて、なかったはずだ。いつ到着した?」
「到着したのは5分前さ。呼んだのは俺じゃない」
マックス保安官は、なめらかな手付きで、白炎大佐の腰のガンベルトから銃を抜き取った。それを治安部隊の隊長に手渡し、代わりに手錠を受け取る。
「ラクス・フラッター、いや、サイメスの白炎大佐。貴公をシャールーン帝国へのスパイ容疑で逮捕する。君とは二十年来の友人だったが、残念だ」
数時間前まで親友だった男の手に、マックス保安官は鋼の手錠をガチャリと下ろした。
「これで一段落だ。あとは……無事に戻って来いよ」
白炎大佐が治安部隊に連れて行かれた後で、マックス保安官は空を仰いだ。
ユニスはマックス保安官の視ている方へ、透視の視線を向けた。
村の上空を、クリスタルガラスめいたきらめきが覆い始めている。
遺跡が結晶化し、姿を現していく。




