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06:テストその①

「これが入り口よ。昼間、マーキングしておいたの」

 ユニスは、すぐ前の、砂地の上一メートルくらいの空中を指し示した。

 夜の砂丘は昼間の熱気が嘘のように消えて涼しい。

 明るい満月の下、地平線までなだらかな白と影の縞模様(マーブル)が刻まれている。

「何も無いな。目印の旗も無し、か」

晶斗がきょろきょろと辺りを見回している。

「どうしたの?」

「ということは、あれか。動物なんかは、小便とかで縄張りの(しるし)をつけるんだよな。マーキングというやつだ」

 晶斗が生真面目な顔で言ったので、ユニスは砂地で転けかけた。

「そんなのと一緒にしないで。他のシェイナーに視えないように隠しておいただけよ」

 未固定の遺跡の入り口は普通の人間の肉眼では見えない。固定化されて地面や岩壁に開いた円形や四角や三角形の穴となるまでは、調査隊の旗や注意を促す看板が立てられるものだ。

「普通の人間に、ではなくて、シェイナーに、というところが、器用だな。女の子一人でよく最初に入ったもんだ。不安定な遺跡には魔物がうようよしてるんだぜ?」

「シェイナーが入れば、歪みが安定して魔物が出ないってのも事実よ。あたし、これまで入った遺跡で魔物に会ったことはないもの」

 ユニスは一歩前に出て、両手をまっすぐ突き出した。二の腕の付近で空気が揺らぎ始める。揺らぎはしだいに大きくなり、空中に円形の波紋を生み出した。波紋はさらに上下に伸びて膨らみ、ユニスより一回り大きな縦長の楕円形になった。波紋は規則正しく振動している。まるで脈打っているようだ。その脈動に合わせて、向こう側の風景もグニャリ、グニャリとリズミカルに歪む。

「変わった(ゲート)だ。まるでここの空気が固まって揺れているみたいだな」

 普通の遺跡の入口と言えば、壁や地面に穴が開くか、それともシェイナーにしか視えない無色透明な空間なのだ。

「正規の門じゃないから。半分だけわたしの力で固定してあるから、他の人が使おうと思っても不安定で通れないわ。たとえシェイナーでも、わたしの力の性質を知らないと触れないのよ」

 ユニスは透明な楕円形へスルリともぐり込んだ。

 冷たい空気が肌を刺した。

 迷宮の通路は淡く光っている。壁も天井も、植物の緑を薄めたような淡い苔緑色(モスグリーン)だ。振り返れば、壁にはユニスが入ってきた門が白い卵形で開いていた。揺らめく空気の波紋を隔てて、外にいる晶斗の姿は色が薄く、水面に映る像のようにたよりない。

 晶斗が門にむかって恐る恐る両腕を伸ばしている。空気の境界はなんら抵抗(ていこう)なく、晶斗の手首から先だけが門のこちら側へ突き抜けた。

 ユニスは門から少し離れた。

 そこで、右掌の上にポッと光を灯らせる。光の珠の大きさは、水色のビー玉くらい。それをリンゴくらいの大きさにまで膨らませる。水色の光はユニスを明るく照らし出した。それが見えたのだろう、晶斗が一息にこちら側へ踏み込んできた。

「ようこそ、半固定の迷宮へ」

 ユニスは光球を右肩の高さに掲げ、口を真一文字に引き結んだ晶斗の顔を照らし出した。

 こっちよ、とユニスは右手の方へ促して歩き出した。

 晶斗はユニスの左側に付いた。二人で横に並んで歩くと、通路は狭苦しい。あと一人並べば、いっぱいになる程度の狭さだ。

「入り口だけを固定して、遺跡の位置をこの場所から動かないように留めているのか。それを自分だけにわかるシェインの波長の力で隠して、後でこっそりと発掘しに来るのは、かなりレベルの高いシェイナーがよくやる手だ。盗掘者は二人以上のシェイナーを入れたチームを組んでやるんだぜ。でないと安全対策にならないぞ」

 晶斗が話しかけてきた。

遺跡の中は足音がしない。人間が発する音はすべて床や壁に吸収される。ユニスは静けさの中で、いささか緊張気味の晶斗の息遣いを聞き取った。

「詳しいわね。ホントにプロの護衛戦闘士(ガードファイター)だったんだ。東邦郡(オリエント)ではいつもシェイナーと組んで遺跡で仕事をしていたの?」

 遺跡に入るには、空間の歪みを制御し、かつ歪みを作り出すこともできるシェイナーがいれば、万全だ。

 だが、遺跡の出現は、時間や場所を選ばない。そうそう都合良く、優秀なシェイナーを雇えるとも限らない。特に、ユニスのように、遺跡の出入り口を好きな所に作れるようなシェイナーは少数派だ。

「いや、東邦郡はシェイナーが少ないんだ。俺は探険隊のチームで、装置を使った探索の方が多かったな。それでも未固定遺跡に入ったことは何度かあるよ」

 晶斗がユニスを見る目には真摯さが感じられた。ユニスへの印象を良くするためにお世辞で言っているわけではなさそうだ。

「ほら、俺を保安局に運んだやつ。空間移送で、対象者に直接手をふれずに、あれだけの距離を飛ぶなんて大したもんだよ。運搬専門業者のシェイナーでも、あらかじめ準備しておいた起点から目的地への移送しかできないんだぜ」

 晶斗は喋りながら、じっとユニスを見ていた。

ユニスは、照れ臭くなって右を向いた。強力な能力ゆえに、良くも悪くもバケモノ扱いされるのには慣れている。だが、知り合ったばかりで、しかもシェイナーではない人にこれほど手放しで褒められたのは初めてだ。

「あの時は、あなたが動かないから、空間ごと切り取って運んだの。だから、まわりの砂も一緒に運ばれて、あなたの周りは砂だらけだったから、空間移送したのがバレバレだったし。保安官もわかってたみたいだけど、人命救助だから見逃してもらえたんだと思うわ。そういえば、理医(りい)がいてよかったわね」

「ああ、そうだな。さすがはシャールーン帝国だ。こんな辺境にさえ、腕のいい理医がいる」

 晶斗の口元が(ゆる)んだ。

 気を失った晶斗が保安局の医療室へ運ばれた時、保安官はすぐに理医(りい)を呼んできた。医療専門の理律(シェイン)の使い手である。

 人体にも(ことわり)がある。もともと人間は、神神の手で宇宙の仕組みになぞらえられる理に沿って創造されたという。病変(びようへん)とは人体に起こった歪みであり、理の乱れである。ならば、それを(ただ)してやれば良い。細胞は活性化して傷は跡形もなく消え、すべての病は()やされるのだ。

 その中年の理医は、晶斗の体には直接手を触れなかった。両掌をかざし、頭から首、腹部、足へと、ゆっくり動かした。やがて弱まっていた心臓は再び強く鼓動(こどう)し始め、晶斗は速やかに健康体へと回復したのだ。

「幸い、ひどい外傷がなかったからね。筋肉が回復すると、すぐに自力で起きられるようになったんだ。理医が言っていたよ、冷たい迷宮から灼熱(しゃくねつ)の砂漠に放り出されたが、五分と()たずにシェイナーに拾われた、それが俺の生死を分けたってね」

 晶人があまりに率直に感謝の笑顔を向けてきたので、ユニスは苦笑して肩をすくめた。

「保安局はシェイナーだって知っているわね。でも、さっきのレストランの騒ぎでも保安官は来なかったから、しばらくは隠しておくわ」

「どうしてシェイナーだって事を隠すんだ。ここは遺跡地帯だから、遺跡に入るシェイナーなんて珍しくもないだろう」

「国家機関に正式に登録されたシェイナーは、国家公務員法で管理されるのよ。わたしはそれが嫌なの。自由で、フリーランスに遺跡に入りたいのよ。本格的に遺跡探索するために遺跡地帯へ来たのは、今回が初めてだけど」

「ということは、本格的じゃないのは、これまでもやっていたと」

「細かいことは気にしないで。ほら、そろそろテストのスタート地点に着くわよ」

 足を速めようとしたユニスの肩を、晶斗はふいにつかんだ。

「おい、待てよ。いくら優秀なシェイナーだからって、ジャイロは? 羅針盤(コンパス)は? 探査地図もなしか? 俺が前に参加した発掘隊のシェイナーは一流と呼ばれるヤツだったが、記録用の探査球で迷宮図の作成はしていたぞ?」

「そんなの、持ってないし。あっても使い方を知らないもの」

 ユニスがすまして答えると、晶斗は露骨な疑惑と不安をたたえた表情になった。ユニスの顔に目を据えたまま、ゆっくりと手を離した。

「なによ、やっぱり怖くなったの? これがわたしのやり方よ。でも、ここからなら、まだあなた一人で歩いて外へ戻れるわ。どうするの?」

 遺跡の中の迷宮という異次元で、命綱となるシェイン仕様の機器も何一つ持たず、遺跡の探索図すら作成しないシェイナーなんて、実はユニス自身も自分しか知らないのだが。

「いいや、そういうやり方は初めてなんで、ちょっと驚いたんだ。これもテストか」

 晶斗の顔はこわばっている。声も、取り繕えない緊張を帯びていた。

 ユニスに(だま)されている可能性も頭をかすめたことだろう。

「そういうことね。ここまでは、あなたが一人でも門まで引き返せる選択肢があったわ。わたしが踏破したいのは、遺跡の通路じゃないのよ」

 ユニスは小走りに、T字路の突き当たりへ向かった。晶斗が慌てて追って来る。

 突き当たりの壁へ向かって、ユニスは水色の光球を投げた。

 光球は鋭くまっすぐに飛んで、前方の壁にぶつかって砕けると、輝く飛沫と散り消えた。

 辺りは暗闇に閉ざされた。


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