062:迷図に入れば
ユニスは、晶斗の右肩の上の方にいた。
座った格好の晶斗から見れば、ユニスは晶斗の左肩上に頭を向けて、空中に浮いている。ユニスの長い髪は体に沿って足下へとまっすぐに流れ落ちている。
しかし、じつは、ユニスの体勢の方が、これから進むべき通路の正しい引力方向なのだ。
ユニスが手を引くと晶斗が真横に落ちてきて、ふわりと並び立った。
「無重力、じゃないんだな。ま、二回目だし、少しは慣れたかな」
晶斗は膝をかすかに震わせていた。ユニスは気付かないフリをした。
「心配ないって。視えなくても、ちゃんと歩ける足場はあるんだから」
「俺にはセンサーとレンズがないと、空気しかないように見えるんだよ」
足の下には無限の青闇が広がり、目を向けた方向からは、チラチラと光る粒子を含んだ涼しい風が吹き付けてくる。
果てしない黎明の空には、七色の光がやわやわと漂っていた。
「あはは、空の上を散歩すると思えば楽しいかもよ。あ、ごめん、その方が怖い?え? 追跡者が心配? だーいじょうぶだって、入口は完全に閉じたから、プリンス以外は入ってこれないと思うけど、油断せずに行きましょ」
ユニスは迷いない足取りで歩き始めた。
もちろん、ユニスだって油断はしていない。プリンスとリンクする間に、少しは学習したのだ。
プリンスの方がシェインが強い。シェインがリンクしている間は、強い方のプリンスに、ユニスが無理矢理レベルを合わせられるようだった。
たぶん今も、プリンスとはわずかに接触が続いている。さっきまでユニスでは視えなかった透視も、壁に入れなかった空間移送のアレンジもできるのがその証拠だ。
では、もう少しリンクを強くしてみたら、どうだろう?
プリンスに気付かれないようにするのは無理だったが、プリンスは接触してきたユニスのシェインを見逃してくれた。つまり、ユニスが黙ってプリンスのシェインを自由に使うのを許してくれたということだった。
プリンスの目的がラディウスにしろ、サイメス人の逮捕にしろ、今のユニスにはプリンスのサポートが必要だ。
ユニスはさっそく、普段よりは少し強く使える透視の力を、三つの監視の目に分け置いた。
その一つにさっそく獲物が引っ掛かった。
それは、プリンスがユニスの入った突き当たりの壁を右手に通り過ぎた、きっかり三秒後のことだった。
「あの人たち、近くまで来たわ」
ユニスは歩きながら、ふいに晶斗に話しかけた。
「サイメスの連中か。俺たちの痕跡が見つかると、どこから入ったのかが解るだろうな」
「そうね、偶然とはいえ、ピンポイントで同じ場所に来ちゃってるもの。ちょっとまずいかな」
件の壁に、ペタリと掌を付いて、白炎大佐が小休止していた。
もしも、白炎大佐が、ユニスがシェインのカケラを目として残したこの壁に直接接触しなければ、ユニスはこれほど明瞭に透視できなかったに違いない。
「くそっ、追いつけない。あいつ、化け物か。これだけ全力で走ってて、なぜ平気なんだ?、おい、ミッシュ、クリト、急げ、歪みに追いつかれるぞ!」
白炎大佐は右手の銃をホルスターに収めた。壁にもたれて荒い呼吸を整えた。
やや遅れて、ミッシュが金髪を振り乱して追いついて来た。
「き、鍛えてるんだろーね、きっと。ルーンゴーストの王子様って、すごいなあ。おい、クリト! クリト・ルイ、返事しろー」
「ま、待ってくれ、僕、これ以上走れないよ……」
さらに遅れてクリトが角を曲がってきた。ミッシュの前まで辿り着いて、その場でいきなりしゃがみ込む。
「ひどいや……僕の本業は電子……工学で、軍人じゃない、のに……」
ミッシュとよく似た少年みたいに若い顔を苦しそうに歪めている。呼吸を整えながらポケットから小さい装置を出すと、手首の腕輪にかざした。腕輪が反応して、表面に暗い光を明滅させる。
「クリト、お前なにやってんの?」
「宰相閣下に追いつけないから、探査機で現在地の割り出しと、次のポイントの予測をして、先回りしてやろうと……あれ?」
「どうした?」
「ここに何かある! 宰相閣下じゃない、別人の痕跡が」
クリトが床を指差した。
白炎大佐は足下に目を落とした。かすかな靴痕が数個ある。男の物らしいブーツ跡もあるが、あきらかに白炎大佐のブーツとは大きさが違う。
あー、あそこに靴跡が残っていたか! とユニスは呟き、それを聞いた晶斗は溜息を吐いて右手で目を覆った。
「なんだ、この小さい踵の跡は? ひょっとして、ハイヒールか? 遺跡にハイヒールで入るか、普通? 馬鹿じゃないのか」
白炎大佐の呆れかえった感想は、彼が壁に手を付きながら言ったので、透視していたユニスにもはっきり聞こえていた。さすがに晶斗には伝えない。
「そんなの、あの娘しかいないよ。ここを通ったんだ!」
クリトのセンサーはプリンスの追跡を始めている。
「わかった、宰相閣下はこっちへ行ってる、行こう」
と、クリトが前を差したとき、
「待てっ!」
白炎大佐は、手を付いた壁に目を向けた。
「ちょっと待つんだ。二人とも、この壁を調べろ」




