059:迷宮透視行④
「きゃーっ、きゃーっ、きゃーっあ!」
めくらめっぽう走っていると、どこかから軽い足音が聞こえた。
その一瞬、もう一つのシェインの目で視た通路の光景が視界にダブる。
それが角を右へ曲がった。
次の瞬間、ユニスの左方の横道から、白い人影が走り出た。
「プリンスッ?」
「いえ、魔物狩人のバシルです。止まらないで!」
プリンスはユニスの腕を摑み、ユニスの進行方向へ一緒に走り出した。
「あの、呼び方を、いちいち訂正してる場合ではないんじゃ……?」
「喋ると息切れしますよ。頭を伏せて!」
プリンスの手がユニスの頭をグイと押し下げた、直後、ユニスの頭上をひゅんと鋭い風が通過した。 ヒッ、と悲鳴を上げて、ユニスはプリンスに引かれるまま右の細い横道に入った。
プリンスはユニスを奥に押しやり、自分は壁にぴったり背を付けた。そうやって大きな通路の様子を窺っている。
ピシ、ピシッ、と音がした。
向かいの壁の角に小さな火花が散った。その後には、小さな黒点が二つ。そこから潰れた弾がポロリと落ちる。と、へこんだ小穴は見る見るうちに盛り上がり、跡形なく滑らかな壁面に戻った。
「やだ、撃たれてるのっ?」
「視ていたでしょう。ラクス・フラッターはサイメスの軍人です」
「でも、マックス保安官の二十年来の友人だって」
「フラッターの本名は、ラクシス・白炎大佐。サイメスから派遣された武官の白炎卿であり、またの暗号名を野獣。ルーンゴーストに長年潜伏していたサイメスの諜報部隊の総指揮官です」
「ええっ!」
ピシピシピシッ!
向かいの壁の角が続けて欠けた、と思う間もなく、欠けた部分はじわっと盛り上がり、ほどなく元の鋭角を取り戻す。無機物でありながら自力で修復する治癒力も、遺跡と迷宮の不思議の一つだ。
ユニスは、急に怒りが沸騰した。
サイメスだろうがスパイだろうが、こっちは今、何万人もの命がかかっている行動の最中だ。横道から出ようとしたら、さすがにプリンスに肩を掴んで押し止められたが、その親切な左腕をも鷲掴みにして首を伸ばし、通路の向こうへ怒鳴ってやった。
「ちょっと撃たないでよ、おじさん!」
銃撃がやんだ。
プリンスが耳を澄ませている。シェインで透視もしたのだろう、何が見えたのか、突然、おかしそうに吹き出した。
「さすがはユニスだ、すごい破壊力ですね。彼はかなり落ち込んでますよ。若作りなだけに、あなたにおじさんと呼ばれたのがショックだったんでしょう」
「若く見えるけど、あの人いくつ?」
マックス保安官は四十代くらいだから、白炎大佐もそのくらいかと思ったら、
「とっくに還暦は過ぎてます。もう七十歳に近いはず」
プリンスが冗談をいう必要は無いだろうが、白炎大佐の見た目とこれまで仕入れた情報と、何かもろもろの計算が合わない。
「まさか。あの人、トリエスター教授より若く見えるわ」
「サイメスの科学というか、医学です。彼らは細胞をコントロールして、若いままで時間を止める。ルーンゴーストの人間の長寿とは、また違うんです」
と、続けて二発が前の壁に撃ち込まれ、白炎大佐が怒鳴った。
「そこにいるのはわかっているんだ。とっとと出てこいっ!」
そのすぐ後にクスクスと笑い声がした。金髪のそっくり兄弟の声だ。だが、その一方は、軽い打撃音がしたら「痛いっ!」と悲鳴に変わった。兄の方だ。弟の方はクスクス笑っている。どうやら兄は白炎大佐に一発殴られたようだ。
白炎大佐は呼びかけを再開した。
「よく聞けッ、ここで、空間に干渉する装置を作動させている。今は、お前たちシェイナーの力は使えん。シェインのトンネルでは逃げられないぞ。おとなしく投降しろ」
「そうきたか」
壁に背中を付けたプリンスは、片頬だけ歪めて笑った。妙に野性的な、凄味のある表情だった。その手は油断なく剣の柄に掛けられている。
その完璧な横顔を、ユニスは複雑な思いで見つめた。目の前に居るのは子どもの頃から憧れていた国家的アイドルのプリンスなのに、雑誌やニュース映像のプリンスとは、次元の違う別人みたいだ。
「ここはわたしにまかせて、あなたはラディウスを取りに行ってください」
プリンスは優しい手付きでユニスの肩を押した。
ユニスは俯いた。
「ごめんなさい。迷図がどこにあるか、視えないの。探しているんだけど、透視してもそれらしい物は判別できなくて」
迷図かも知れないと思った謎の影がプリンスだと知ってがっかりしたのは、秘密にしておく。もしもユニスがお馬鹿なせいでシェインの判断を間違えたなんて思われたら、また変なテキストとかを強制インプットされそうな気がする。
いや、プリンスならやるだろう。目的を遂げるために国中に戒厳令を敷くよりも、ずっと容易い方法だ。
「彼らの空間干渉は、迷宮の物質面への作用が大きいので、迷図には影響ありませんが?」
「プリンスだって、迷図は見つけられるんでしょ?」
「迷図の透視は、ユニスの方が得意なはずですが。なんなら私と交替しますか?」
プリンスは左手だけで太刀を持って差し出した。ずしりと重そうな拵えがユニスの目の前に迫る。太さも長さも最上級の太刀だ。きっとユニスには両腕でも持ち上げられないかも。
「遠慮しておきます」
ユニスは間髪入れず即答した。最近、決断力が早くなった気がする。そうして心を切り替え、透視に集中すべく目を閉じた。
「うーん……やっぱり迷図らしきものは視えない。なぜかしら?」
「サイメスの干渉波のせいですかね。仕方がないな、ちょっと失礼」
プリンスはユニスの額に手を当てた。強く押されたとも思えないのに、ユニスは後ろ向けにひっくり返った。後ろは壁だった。なのに、スムーズに通過して壁の中に入るや、ころんと一回後転し、正座した。
壁の外にプリンスの背中が見える。そのままでプリンスは右手を振った。
「そこから迷図の探索をしてください。あとはよろしく」
「ええ、ちょっと、置いてくの!?……ここは!?」
通路の灰緑色よりは明るい、淡淡とした水色の光がたゆとう空間で、ユニスは立ち上がった。




