051:ヒアデス・クラス⑥
「ユニス、なにかわかるか?」
周囲は灰緑色の壁だ。門はまだ完全には固定されていないから、その輪郭はシェイナーであるユニスにしか視えない。
「迷宮で人捜しはやったことないけど、この階層にはわたしたちしかいない気がするわ。――うん、あの母子は、いない。気配は無いわ」
「自力で移動したか、巻き込んだ歪みの着地点が別の階層だったか、だな」
晶斗は額の黒いレンズの眼鏡をおろした。サングラスタイプの最新型空間解析レンズだ。ヴァイザー型より軽く、半透明のブラックオパールレンズの品質は最高級、瞳の動きに反応し、焦点や空間の歪みに自動補正をかける優れものだ。
灰緑色の壁から影がふくらみ、フラッターが抜け出てきた。
「索敵機の端末を持って来た。増幅器がないが、階層の上下の生体反応は探知できる。今はすぐ下の階層を捜索中だ」
と、二人に小さな画面を見せる。先に飛ばしたジャイロが送ってきた迷宮内の情報だ。
「門から入ったように見えたのに、ここでもセンサーに反応なしだ」
晶斗のチェックに、フラッターの表情が険しくなった。
「まずいな。無数にある枝道に迷い込んだら、探すのは困難だ。捜索するより先に遺跡の固定を優先しないと、遺跡が『逃げて』しまうぞ」
フラッターはチラリと隣を歩く晶斗に視線を送っている。
肉眼では見えない別の空間に遺跡は潜む。
それが人の前に姿を現すのは、稀な現象だ。
そして、その出現には一定の終わりがくる。
人が発見し、固定できずに消えてしまった迷宮を、逃げられた、というのは発掘家がよく使う言い回しである。
晶斗は、その逃げた迷宮から戻って来た希少な帰還者なのだ。
「未固定の遺跡の出現は、だいたい一時間くらいだと言われている。その間に最低三分の一以上を固定化しないと、中にいる人間もろともこの世界から消えてしまう危険があるんだ」
晶斗が苦笑いしながら説明する。
ユニスだってそれくらいは知っている。三分の一以上の固定化が必要、というのは知らなかったが。
「さいわい、通路の状態は安定している。俺たちが歩けばもっと安定してくるだろうしな。どうやら歪みはお嬢さんのおかげで完全に抑えられているし、一時間も歩いていれば固定化は無事完了するさ」
遺跡の固定化さえ成れば、捜索はその後でも可能だ。残る問題は、行方不明者の耐久力になる。
「早く見つけるに越したことはないがね」
「近くに生体反応はあるの?」
「いや、人間がいれば何か残留物があるものだが、痕跡はない。パニックになって移動したのかもしれないな」
シェイナーのシェインは、無意識にも働く。意識せずとも、自分の周囲に在る多少の歪みは『抑え』られるのだ。能力の強さで個人差は出るが、ユニスは逃げられた経験は無い。なので、晶斗とフラッターが時間を心配する気持ちが今ひとつピンとこなかった。
「それより、あっちからかすかな気配がするわ。他にいるのがわたしたちだけなら、それで間違いないだろうし」
ユニスはジャイロとは逆の方向へ歩き出した。
「了解」
晶斗とフラッターは素直に付いてくる。
「わたしが入ったから、遺跡はそう簡単には逃げないと思うけど……こんな時の捜索って、どういう手順でやるの?」
「先に通路を踏破するな。シェイナーがいようといまいと、固定化優先だ。それで迷宮図を作成しながら、別動隊が生体反応を追跡して捜索に当たるが――――君ほどのシェイナーなら、もっと効率のいい方法を取れないか?」
フラッターが期待の眼差しを向けてくる。
遺跡では、シェイナーの能力に期待する人は多い。
ユニスは首をすくめた。
「遺跡で人捜しなんて、したこと無いもの。普通に透視して、普通に捜すわ」
ユニスは通路の奥を眺めた。遺跡はどこも同じ風景だ。これに珍しい鉱石やら貴石やら、古代昆虫の化石やらが落ちていれば、少しは面白くなるのだが。
「人間が歩いた痕跡が無いわ。――晶斗は何してるの?」
「最新のマーカーだ。入り口を記憶して、移動距離と方向で現在地を割り出す周波数を合わせてジャイロを連動させれば、タイムリーで原点に情報を送信できる」
手を止めた晶斗が小さな装置を見せる。
ユニスは目を軽く閉じた。暗い目蓋の裏をスクリーンにした方が、透視映像を結びやすいのだ。
「――広い遺跡だわ。端っこの方は、歪みが漂っているせいでよく視えないわ。わたしが一人で歩いて踏破するなら、一週間くらいかかりそう」
「シェイナー抜きの踏破でも、歩くのはせいぜい三から五階層だが……。迷宮全体が透視できるのか?」
フラッターが驚いている。何故驚いたのかを訊いたら、これまでの遺跡探索経験で雇ったシェイナーが透視できたのは、最高でも遺跡の半分くらいらしい。
ユニスは透視が得意なのは自負があるが、それがシェイナーとしてどのくらいのレベルなのかと訊かれたら、わからない。遺跡を探索するシェイナーって、そんなものなの? と返すと、晶斗とフラッターに呆れた目を向けられた。
「お嬢さんはものすごい世間知らずなのか、欲が無いのか? 正式にシェイナー登録をして、遺跡探索に参加すれば、その透視能力だけで一財産できるぜ? 君たち、真剣に俺のチームへ来ないか。優遇するぞ」
「ついでに俺も込みか。つか、あんた、ここで勧誘するとはなりふりかまわないんだな」
「もう、こんなところで何の話を始めるのよ。勧誘はお断り! わたしはひとりでいいの。それより、センサーで何か見つけてよ。でないと、わたしだけ先に行くわよ!」
こうして緊張感のわかない会話をしながら、それでも早足で、一階層分くらいを下り、遺跡の安定化がセンサーにも結果として測定され始めた頃だった。
「あれっ?」
晶斗が右胸ポケットを押さえ、フラッターも端末機に目をやった。




