049:ヒアデス・クラス④
ユニスが頬のほてりを冷ましてから心を入れ替えてベースキャンプに戻ると、現場は新しい展開を迎えていた。
「やはり、おかしい。村を護るための理紋図の構成は生きている。まして村の中心部は、古来からの制御理紋の要がある場所だ」
トリエスター教授らは大きな紙の地図を地面に広げ、深刻な額を突き合わしていた。
「あり得ない。村の理紋はどこも壊れていないぞ。こっちのチェックでもすべて生きている」
「いや、間違いない。これは、村に『歪み』が発生しているんだ」
危険な歪み。それは前触れなく出現し、人や物を呑み込んで消え去る未知の脅威だ。それから逃れるために、ルーンゴースト大陸に住まう人人は、古来からシェインを用い、安全な土地を求めた。
地面にシェインに沿った紋様を埋め込む。あるいは描く。建材のどこかに刻む。――――目に見えるように描かれたシェインの図形。それが『理紋図』だ。
そうして、理紋の作用によって、その場所の空間の歪みは遠ざけられる。小さければ中和されてまともな空間となり、安全な場所になる。
長い歴史の積み重ねによって歪みの影響が少なくなった守護聖都のような都会はともかく、昔からの伝統を保つ地方の小さな村ほど、今も古いシェインの風習は生きているのだ。
「やはり、帰還者の影響では?」
フラッターが晶斗の方をチラッと見た。晶斗は何も言わない。
「ウム、検証が必要だな。幸運にも、踏破が得意なシェイナーもいることだし」
トリエスター教授がユニスに目で合図する。
嫌だと言っても無駄だろうな、とユニスが考えていたとき、緊急警報が鳴り響いた。機器のライトが激しくちらつき、ディスプレイが計測不能を繰り返す。
画面を見たカタヤが、すっとんきょうな悲鳴を上げた。
「なっ……遺跡が降下している」
頭上を見て、トリエスター教授がカタヤを押しのけた。
「馬鹿な。出現から一定の時間内は、ほとんど移動しないはずだ」
他の計測器の係たちも何度もチェックする。初めて眼にする計測値に、教授は眉をしかめた。
「そもそも、こいつは出現からしておかしいから……いかんっ!」
トリエスター教授はくわっと目を見開き、頭上を振り仰いだ。
「この真上だっ。計算では、まっすぐ下に向かっている。物理的にはぶつからないが、とにかく退避しろ、歪みに巻き込まれたら大変だ、ここからいったん、離れるんだっ」
一番に外周の野次馬が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出して、次に研究チームと発掘団の面面が、持てる限りの装置を抱えて逃げ出した。
「おい、行くぞ!」
「ええ、ちょっと待ってよ!」
晶斗がユニスの手を摑んだが、ユニスはその場で両足を踏ん張った。
「歪みは問題ないわよ、あの上でしょ。大きさはともかく、まともな形の遺跡だから、中には門からしか入れないわ。外側に小さな歪みの発生は見られないわ」
ユニスにつられた晶斗が上を向いたが、遺跡はたとえ固定されても、門以外の外側は、視ることのできない普通人には空っぽの空間だ。
「今は無くても、これから発生するかもしれないだろう」
「それはわからないけど、この遺跡の外郭はかなり安定しているわよ。あ、ほら、あそこに門があったわ。ちょうどあの三階の窓に重なって…………」
その窓辺には、赤ん坊を抱いた若い母親が行き来していた。
「ということは、あの人が危ないんじゃないか おーい、そこの人!?」
「そうよ、門から離れないと……ああっ!?」
ユニスの方へ体を向けた母子の輪郭が、二重写しの写真みたいにブレた。ついで、色が薄れて上下に引き伸ばされ、忽然と消失した。




