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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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045:大陸間条約締結会議

――――まずい、意識が飛んだ!?

 ユニスは、ハッと目を見開いた。暗い空間だ。身体に体重を感じない。暑くも寒くもない。ゆえに、この自分は、意識体だと自覚する。

 そして少し明るい『足下』を見下ろした。

 町角の風景があった。

 よろめいた自分がいる。おっと、踏みとどまったぞ。ハラハラしたが、しゃんと立った。よし。……あれ? スタスタ歩き出した。どこへ行くつもりだろう?――――トリエスター教授のベースキャンプだ。出会ったスタッフに挨拶までして、ユニスはまっすぐあてがわれた自分の部屋へ入り、ベッドに横たわって目を閉じた。


「ええッ、なんで!?」

 ユニスは素直に驚いた。だが、何はともあれ、身体が無事なのは確認できた。

 そして、やっと、傍の気配に気が付いた。


「プリンス?」

 ユニスが顔を上げると、暗闇のたゆとう空間でそこだけ明るく浮かび上がるように、白い礼装のプリンスが優しい微笑を湛えていた。

「ご機嫌よう、ユニス」

「良くないわ、今はだめなの、すぐにわたしを元の場所に戻して。晶斗を助けないといけないの。怪しいシェインの結界に閉じ込められているのよ。わたしに用があるなら、後で透視でも何でもやるわ。だから……!」

 ユニスは慌てて事情を説明しようとしたが、プリンスは『足下』へ、ちょっと目をすがめただけで、かすかに顎をうなずかせた。

「あれなら、シリウス一人で切り抜けられますよ」

「ええ!? この状態で、あの結界の中まではっきり視えるの!?」

 ユニスの質問には答えず、プリンスは左手を軽く上げた。

「ここは私のシェインの内側です。あなたをあなたのシェインごと、私の(なか)に隠しました。急にお呼び立てしたことは申し訳ないが、しばらくここにいてください」

「へっ?」

「すぐ終わります」


ユニスはプリンスの見ている方へ、同じように顔を向けた。


 同時刻、守護聖都フェルゴモール中央。

 その高度一万二千メートル上空に位置する聖地、神聖宮では、大陸の運命を決める会見が行われていた。


 ガランとした奥の院の、黒光りする床に白と銀のプリンスと、やはり白い服装の客六人の姿が映っている。白服の一人、もっとも高齢者と思われる顔中皺(しわ)だらけの老人が、壇上に向かって右手をかざし、目を閉じている。


 ユニスはその光景に見入った。ユニスのシェインは目下、プリンスのシェインの完全な支配下にあってコントロールされている。そのプリンスは視ている空間のすべてを支配しているので、ユニスもまた、この空間に在るものすべてをプリンスと同じに『視て』『知る』ことが可能になっていた。

 強力なシェインの透視によって、参列者全員の『思い』が手に取るように流れ込んでくる。


 ややあって、老人は目を開けた。盲目かと思うほど、薄い水色の瞳だ。そして、重苦しい息を吐いた。

「間違いなく、破壊されております。報告通り、賊は二人。一人は男で一人は女。理律(シェイン)の痕跡がある。そこの窓から逃走しております」


「ご覧のように、世界の迷図(ワールドメイズ)は賊によって破壊されました」

 プリンスは空っぽの壇上を指し示した。

「目に見えぬから、納得しろとでも?」

 対峙する白い服装の客人は、冷ややかだ。白い長袖に白い袈裟(けさ)をまとい、左肩に黄金のブローチを留めている。それは形と大きさは同じだが、彼らの帯びた肩書きにより、紋章(もんしょう)に特徴があった。きれいな禿頭(とくとう)の中年の紳士は、太い黒眉毛をぎゅっとしかめた。分厚い赤い唇から、朗朗たる響きがあふれる。


「サイメスが出した条件は、世界の迷図の共同研究でしたな。賊に破壊されたなどと、よく言えたものだ。サイレント・キャンダーはテロリストではなく、十年以上昔に噂になった、殺し屋ではなかったか。ルーンゴースト政府は、今回の条約締結案を白紙に戻すおつもりかな?」


「二つの文明は相反するもの。しかし、国交は必要です。それはあなたが一番よくおわかりでしょう、空円(くうえん)大使(たいし)

 プリンスは微笑で応えた。かつて何人もの宮廷詩人が、美姫がかすむと讃えた魅惑の美貌。

空円大使は腕組みした。

「では、なぜこうなった。成層圏に浮かぶ常人には行き着けぬはずの聖地が荒らされ、市街には戒厳令が敷かれ、人々は不安におののいている。やっと解決しかけたはずの外交問題がぶり返す。あなたがルーンゴースト側の全権大使として任命されてから、サイメスの我々には予想もつかなかった問題が、突発的に発生し始めたのではないかな、セプティリオン大公殿下」

 力強い眼をプリンスに据える。


「戒厳令は、国家大逆罪を犯した犯罪者を捜すためのもの。さきほど、サイレント・キャンダーの死亡を確認したとの報告がありました。もうまもなく解除されましょう」

 大使の口元が皮肉っぽく歪んだ。

「妙な言い回しだな。報道された賊は二人のはず。また、破壊された世界の迷図なくして、サイメスが承知するとでも?」

 空円大使の側に立つ白袈裟姿の四人が目線を交わしあう。

 最高齢の老人が後方に下がり、静かに控えたとき、空円大使たちは景色が微妙に変化したのに気付いた。

 プリンスの後ろに、近衛騎士が十名並んでいる。お付きの武官は礼装姿で、サイメス側と同じ人数だった。なのに何故、人数が増えた。それにプリンスも近衛騎士も、戦闘服に太刀を()いているのは、何故だ?

 静かに目を伏せ、プリンスはうなずいた。

「ええ、昨夜の市街の捜索で、思わぬ収穫がありました」

「ほう?」

「テロリストの潜伏先を突き止めまして」

「皇帝のお膝元も物騒なことだ」

「彼らはサイメスから来た商人でした」

 プリンスは左手に持っていた太刀を体の真正面に突き立て、その柄頭に白い手袋に包まれた両手を重ね置いた。

「……ほう」

 大使の顔色は微塵も変わらない。

「彼らのアジトから大量の武器弾薬を押収しました。すべてサイメス製のもの。彼らの目的は守護聖都の混乱でした」

「それが今回の条約締結会議に向けて準備されていたと? ははっ、いつの世も反対派はいるものだ」

「それにしては、物資が多すぎました」

 プリンスは客人をざっと見まわした。


「この戒厳令下で、聖都に潜んでいたテロリストは、ほぼ掃討したと言ってよいでしょう。シャールーン国内における彼らの指揮官の名も、昨夜ようやく判明しました。多くの情報と貴重な器物が、外交ルートを通じてサイメスに送られていた。押収品の中には行方知れずだった理律使(シェイナー)の名簿もありました。二度とこのような事態の起こらぬよう、今後の条約には必要な文言(もんごん)を盛り込まねばなりませんな、サイメス大使殿」


 空円大使のなめらかな額に、ポツンと汗の玉が浮いた。


「……あなたが探していたのは、それだったのか、殿下。そのためには神聖なご神体すら破壊してのけるとは……だが、こうなると、こちら側としても、最新の科学技術を渡すわけには……」

「サイメスの全権大使殿にお訊ねする。『セリオン』と呼ばれる指揮官の正体は?」

「これは条約違反ですぞ!」

 空円大使の側近がひとり、肩を怒らせて進み出た、が、

「だまれっ!」

 空円大使に鋭く叱責され、彼は肩を落として引き退がった。

 金属のふれあう澄んだ音が冷たい床を這った。プリンスの背後に控える近衛騎士達の手が、太刀の柄にかかっている。

 空円大使らはごくりと息を呑んだ。腕組みした手が細かく震えていた。


「それで、どうなさる気だ。我らをこの場で斬り捨て、サイメスと戦争でも始められるか?」

 それでも厳しい表情はくずさず、空円大使はプリンスを睨み続けた。

 公の場でよく見かける仰仰しい礼装とは違って、飾り気のない戦闘服のプリンスは抜き身の銀の剣を連想させる。


「空円大使、あなた方の科学では歪みの領域を越えられぬ。果てにあるのは破滅だ。みずから文明の終焉を招くことはありますまい」


 サイメスの常識では信じられぬ不可能事を、美しい唇がよどみなく語りだす。初対面より優男と(あなど)りはしなかったが、かくも剣呑な王子さまとは、予想もつかぬ展開であった。


「もとより二つの大陸で戦争などは起こりえぬのだ。この世界は(ことわり)(もと)にある。空も海もサイメスも、これからあなた方が進出しようとしている宇宙でさえも、例外なく」

 プリンスは滑らかに話し続けた。

「我々が滅びると……そう、言われるか?」

 背筋に冷水を浴びせられたような、ぞくりとした感覚を味わった空円大使は、驚きさめやらぬ頭を振った。

 感じたのは恐怖ではなかったのだ。

 かつて美術館で古代の傑作(けっさく)といわれる神々の彫像に()せられたことがある。そのときの気分に似ていると気づいた。

 美しい男もいるものだ。しかし、ルーンゴースト全土でアイドルなどと騒がれているが、そのじつ、魔性の美貌に惑わされているのではないか? 脇の下を流れる冷や汗に気づかぬふりをし、声を振り絞る。

「勝手なことを。セリオンなど、知らぬ。サイメス政府は無関係だ」

 そんな空円大使を見つめるプリンスの、深い藍色の瞳は吸い込まれそうに澄んでいた。

「ルーンゴーストは、サイメスの技術を必要としないでしょう」

 空円大使のみならず、サイメス側の一行は言葉を失い、その場に立ちすくんだ。

 空気すらも凍りついたかと思われたとき。

 耳に(こころよ)くも(さび)のきいた強い声が、剣の一振りよりも強く、沈黙を切り裂いた。

「もう一度訊く。セリオンの正体は?」

 プリンスの背後に、銀の炎が燃え上がったような気がして、空円大使は身震いした。額の汗が鼻筋をつたい、床に落ちる。


 この日初めて、空円大使は、この世には神神しい美と恐怖が共存することを、知った。


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