044:闘い
ユニスは村の一角で息を切らしていた。
とある角を曲がった所で、突然、晶斗が消えた。透視も効きにくい。ただ、誰かと戦っている様子が視えた。いったい、どこにいるのだろう。
その場所は、肉眼で見れば何の変哲もない村の風景だ――だが、シェインの目で見れば、空間が歪められている。――――まるで村のただ中に、小さな遺跡が出現したかのようだ。
「なによこれ、冗談じゃないわ、なんでこんな所にシェインの結界があるのよ。なによ、こんなものっ!」
弱い結界だ。ユニスはこじ開けようとした。
ヒビ割れた。
その隙間から、晶斗の横顔がチラリと視えた。続いて糸のように細い情報が流れ出してくる。
この結界の強度は、ユニスのパワーを下回る。なのに、ヒビ割れた隙間から、何かのが強い指向性を持ってユニスのシェインを阻害しにかかってくる。ユニス自身を攻撃できるほど強くはないが、ユニスが結界を破ろうとする力を相殺して弱める程度の効果はある。これはまずい。気を入れて掛からないと時間がかかりそうだ。
「もう、面倒くさい。誰よ、こんなの置いたのは……え?」
ザワリ、とユニスの背筋に悪寒が走った。
「やだ、こんなときに――――…………プリンス?」
プリンスのシェインがユニスのシェインの目を、空間を越えて強制起動させた!?
ユニスはとっさに虚空を見上げた。プリンスのシェインの強さは、ただ透視しているだけではない。明確な目的を持って、ユニスのシェインすべてを限界を越えて引き出し、完全な支配下に置こうとしている。
そして、ユニスのパワーではそれに抗えない!
なけなしの抵抗は、凄まじい頭痛となって身体にフィードバックされた。ユニスは両手で頭を抱え、その場にしゃがんだ。この場合の戦いは、精神力の戦いでもある。だが、全身全霊を掛けたユニスのシェインの抵抗は、プリンスによって難なく封じられた。
「晶、斗……ごめんなさ…………」
だめ、負ける!――頭蓋を締め付けられるような頭痛がピークに達した瞬間、ユニスのシェインの目は、意識ごと奪い取られた。
結界の外にユニスがいることを知らない晶斗は、目の前の敵と戦い続けていた。
噛み合った二本の鋼が軋み鳴く。目にも留まらぬ早技の刃を刃で受け止められたのは、動体視力ではなく経験ゆえのタイミングだ。晶斗はいささかも力をゆるめず、片腕でブロックと反撃のチャンスを狙いながら、間近に迫った黒いヴァイザーの奥を睨んだ。
双方の、ナイフを握る拳が微細に震える。
ぎりりと奥歯を噛みしめること数秒にして、晶斗がわずかに押し勝った!
「いい、加減に、しとけよ。遊びやがって」
晶斗が男のナイフを弾くと、男は一気に跳びずさった。
「ばれたか。ここから本気を出すぞ」
男は続けざまに軽やかに後方へ跳び、始めに座っていた屋根の下に着地する。
晶斗が踏み込むには、間合いがほんのわずかに遠い。
「俺は暇じゃないんだぞ。ここから出してくれ」
晶斗は油断なく構え、男とその後ろの灰緑色の壁に視線をすえた。
「出たい? ああ、出してやるさ。一緒に来てくれればね。『帰還者』は遺跡よりも貴重品だ」
男は手の中でナイフをくるりと回した。人工皮革のガードグローブが、ぴしりっ、と小気味よい音を立てる。
晶斗は右手のナイフを背中に回した。
「お前の目的は俺の捕獲か」
だが、男は答えない。晶斗はかまわず続けた。
「サイメスは歪みをコントロールする技術を開発したらしいな。ここの雰囲気は迷宮に似ている。これで俺を捕らえたつもりならあいにくだったな」
晶斗が背後から引き出したガードナイフの持ち手は元と同じ、だが、現れた白い刃は太刀のごとく長かった。
「何だ、その長剣は?」
男の声が露骨に戸惑った。信じ難い物を見た人間の、自然な反応だ。
晶斗は男に向かって疾走した。
男が横っ飛びに跳んで距離を取ろうとする。
だが、晶斗はまっすぐに男の横を過ぎて、ガードナイフを振り上げ、民家の壁に真っ向から斬りつけた。
灰緑色の壁は紙のようにザックリと切り裂かれ、内側から弾けた。裂け目は紙がめくれるようにめくれ上がり、亀裂が四方八方に広がって、下は地面を走り、上は近在民家の屋根にまで突き抜けてから天上に駆け昇り、灰色だった雲り空の一部が澄んで青空となった。
空は青、民家の壁はくすんだ白い土壁。石畳は鈍い灰の色。
民家の壁際に男が二人。
一人は黒髪長身のフラッター、もう一人は金髪の若い男が、驚愕に目を見張っていた。
「ラン、戻れ!」
フラッターが叫び、襲撃者はどこかへ去った。同時にフラッター達も、民家の陰に姿を隠した。
歪みの無い、普通の色彩に戻った村の一角で、ナイフを鞘に収め、晶斗は低く呟いた。
「ラクス・フラッターだったな。あいつ、サイメス人か」
晶斗がベースキャンプに戻ると、辺りは騒然としていた。
崩れた家の前の道路に赤に黄色のストライプの入った大型車が二台駐まっている。消防車だ。さいわい火は出ていないが、町の消防団の白い制服と保安局の薄い砂色の制服が、あわただしく入り乱れていた。
現場検証するマックス保安官の後ろにユニスがいる。トリエスター教授は学生と、少し離れた場所に機材を広げている。
「トリエスター教授、ラクス・フラッター氏を見なかったか?」
うん?と、晶斗へ振り返ったトリエスター教授は、左方向へ顎をしゃくった。
「彼ならそこだ。さっき、村の消防団と一緒に来た。彼はここの古株でな。ときどき保安官助手のようなこともやるそうだ」
マックス保安官の隣に黒いガードベストの長身がある。確かにラクス・フラッター氏だ。
「ずっとここに居たのか?」
「居たと思うがね」
晶斗の質問の意図を解しかねたトリエスター教授は眉をひそめた。
「君こそ、何をしていたんだ。ユニス君はさっき部屋に戻ってきて休んでいるぞ。疲れているんだろうが、そろそろ働いてもらわないと。探知機に歪みの反応を検知したんだ。今は消えたが、新しい遺跡の出現に間違いない」
「歪みだと。ここは理紋で護られた村の中だぞ?」
「教授、場所がわかりました!」
長い顔のカタヤが叫んだ。皆がいっせいに彼の向かう機器に顔を寄せる。
「新しい遺跡です。出入り口がある、中には迷宮があります。場所は村の真ん中……上空、と思われます」
晶斗もディスプレイを覗き込んだ。暗色の画面に緑の蛍光線が三次元立体地図を描いている。小さな村の全図の中央部分に、輝く星印がひとつ。
「俺がさっきまでいた辺りだ」
ざわついていた人々が、シンと静まった。
トリエスター教授は小型端末機の先端を晶斗に向けた。
「歪みの反応はないな。君はさっきまでそこで何をしていたんだ?」
「変なヤツに襲われた。たぶんブローザの海賊だ。奴らは迷宮のような空間を人工的にコントロールしていた。この歪みは、それじゃないのか?」
トリエスター教授はいくつかのセンサーを再度チェックさせ、首を横に振った。
「きわめて異例だが、媒体があればあり得ることだ。私の考えではもしかして……」
「帰還者は遺跡を呼ぶという。あるいは遺跡に呼ばれるとも云うな。いつかは必ず遺跡に呼び戻されるとも。それが帰還者の宿命だとも」
晶斗の答えに、トリエスター教授は軽く目を瞠った。
「知っていたのか。それで東邦郡のあの野生児が、可愛い女の子に雇われながら、手も出さずにおとなしく従っているというわけか」
「彼女は理律使、俺は護衛戦闘士だ。俺たちは恋人じゃない。遺跡ではありふれ過ぎてて、珍しくもないさ」
自虐的な言い方をした晶斗に、トリエスター教授は皮肉っぽい笑みで返した。
「君らはぜんぜん普通じゃないぞ。帝国中に鳴り響いた冷凍少女と東邦郡で勇名をはせた野生児のコンビだ。都市を一つ破壊したって、誰もおかしいとは思わず、納得するだろうさ」
スタッフに指示を与えるため、トリエスター教授は機材の中に戻った。
トリエスター教授の言葉に、晶斗は何か引っかかるものを感じたようだ。少しの間、その場に立ちつくしていた。
「俺とユニスなら、か。――もしかしたらあのプリンスも、そう考えたのかもな」




