043:監視者の正体
ユニスより一足先に晶斗がベースキャンプに戻ると、借りた民家は、三軒家の真ん中だけが倒壊していた。二階部分が形状をとどめず崩れ落ち、一階が瓦礫に埋まっている。
トリエスター教授たち一行は、無事だった。皆は道路にいて、瓦礫を呆然と眺めていた。
「教授、なにがあった?」
晶斗が近付くと、トリエスター教授は首を横に振った。
「さっぱりわからん。あっちの家でミーティングをしていたら、突然の爆発だ。さいわい怪我人はいないが、ここに置いていた装備がぜんぶパアだ」
晶斗はぐるりと辺りを見回した。発掘隊のメンバーの他に人はいない。
「先に護衛戦闘士みたいな男が来なかったか? フラッターってやつだが」
「フラッター? あのフラッター発掘事業団のか?」
トリエスター教授も他のメンバーもフラッターは見ていないという。
村人が様子を見に、ちらほらと現れた。爆発音だったからだろうか、トラブルを危惧してか野次馬は思いのほか少ない。トリエスター教授は町の世話役と話をするため、現場を離れて行った。
「で、フラッターのヤツは、いったいどこへ行ったのかな……」
晶斗が振り向いたとき、その真正面に見える建物の間を、影がサッと、右から左へ移動した。長身痩躯の男だった。
その同時刻に、ユニスはマックス保安官と一緒に、晶斗が見える所にまでやって来た。
「ユニス、教授と一緒にいろよっ」
突然、晶斗が走り出した。
「え? ちょっと、晶斗、どこへ行くの?」
晶斗はユニスが止める間もなく、影の移動した細い道へ走って行った。
晶斗は影を追って、何度か建物の角を曲がり、細い路地裏を抜けた。
ベースキャンプからずいぶん離れた、と、影を見失ったと思って止まれば、建物の陰にまたチラリと影が走る。晶斗が走ると影も移動する。明らかに挑発だ。
「くっそーっ、馬鹿にしやがって――え?」
晶斗はそこに踏み込んでから、周囲の建物の陰が、深い灰緑色なのに気づいた。
ぐらりと世界が傾いた。
空の光が急速に色褪せ、黄昏時のように薄暗くなる。
そして、世界は塗り潰された。空も地面も、見渡す限りの灰緑色に。
「おい、こっちだ」
頭の上から声が降ってきた。
二階建ての屋根の上に、肩幅の広い男が座っている。いかつい防護服のシルエット。その視線がまっすぐに晶斗を射た。
「帰還者の晶斗・ヘルクレストだな。元は東邦郡一の護衛戦闘士シリウスだと聞いたが」
黒い男の声は奇妙にくぐもっていた。マスクでもしているのだろう。
晶斗は少し退がり、屋根を仰いだ。
「何者だ。なぜ俺たちを監視している?」
「君たちが神聖宮から盗んだ世界の迷図を渡してもらおう」
「人違いだ。俺たちはなにも盗んでいない」
「そんなはずはない。あの女の子が持っているのか」
「いいや。――お前たちはサイメス人か?」
晶斗の質問には答えず、男はひょいっと屋根の斜面に立ち、助走をつけて軒先を蹴った。晶斗の頭上を大きく越えて、正面の壁に激突するかと思いきや、その壁を蹴った反動でふたたび空に舞う。まるで重力が半分も無いかのような身軽さだ。晶斗から左に十メートル以上離れて着地した。そして、晶斗の方へ向いた。ほう、とわざわざ感心してみせる。短い黒髪に縁取られた顔の上部は黒いヴァイザーが、鼻から下は黒い覆面で隠されていた。
「やるなあ。偶然じゃないだろ?」
「そっちもな」
逆ハの字に開いた晶斗の靴の内側数センチの石畳に、二本の短剣が突き立っていた。石にすら浅く刺さった短剣は、晶斗の足の甲を正確に狙ったものだ。
晶斗はふんっと鼻息を吹いた。
「それで、どーする?」
男の姿が視界から消えた。軽い足音が晶斗の周囲をめまぐるしく移動する。
晶斗はひょいと首を右にすくめた。
左頬を後ろから風が切る。
すかさず重心を前に倒し、胸のガードナイフを抜き、無造作ともいえる動きで真横に突き出す。左足を軸に右に回り、弾かれたように左へ跳んだ。
切り裂かれたのは、背後の空気のみ。それを跳躍で躱した男は、後ろ向きに頭から落ちて片手だけで跳ね上がり、とんぼを切った。
晶斗は右に跳んだ。跳んだ先でガードナイフを構えるや否や、左から瞬速の刃が突き出され、風を切り裂いた。
次の瞬間、晶斗の胸の前でナイフが交差した。




