042:フラッター発掘事業団
「ここは商店街を中心に村が三つある。この南黄砂村が一番大きいな」
マックス保安官によれば、一つの村の人口は二千人ほど。有名な観光名所は無くとも学術的な価値の高い遺跡があるおかげで、村人は畑を耕すかたわら調査に来る発掘隊相手の商売に励み、小さな商店街ができるほど発展したという。
「大手は、今日現地入りしたトリエスター教授の学術院と、フラッター発掘事業団だな。他にも団体は五つ、個人は一ダースばかりが遺跡地帯に入っているよ。今のところ、問題は何も起こっていないね。未踏破遺跡の発見情報は半年くらい入っていないな」
地元保安局に登録されたリストは一般公開されている。盗掘と犯罪防止のため、閲覧者は記名しなくてはならないが、遺跡地帯は広い。勝手に来て、勝手に新しい遺跡を見つけて入るのまでは、取り締まりようがない。ユニスが良い例だ。
マックス保安官の説明を聞いていると、背後でドアが開き、黒髪の長身の男が入ってきた。右目を隠した黒い眼帯の表面がきらりと光る。空間の歪みを視る眼帯型装着レンズだ。
「よお、マックス。やあ、君たちか。また会ったな」
へ? とユニスが首を傾げていると、黒い眼帯の男は気さくにマックス保安官を呼んだ。
「やあラクス、ちょっと待ってくれ」
マックス保安官は巨体を揺らしてロビーにまで出てきた。
「こちらはフラッター発掘事業団隊長の、ラクス・フラッター氏だ」
ユニスらがトリエスター教授のチームだと聞くと、フラッターは目を細めた。
「蹴砂の町で会っているよ。うちに勧誘したんだが、断られてね」
フラッターは眼帯の無い方の黒い目を細めた。引き締まった体つきはガードベストの上からでも筋肉質だとわかる。腰には鋲付きガンベルト。左のホルスターには大型の銃が収まっている。晶斗と同じ護衛戦闘士めいた匂いの持ち主だ。
「もしかして、蹴砂の駅にいた人?」
名前はすっかり忘れていたが、特別列車に乗り込む前に、晶斗に『帰還者』と呼び掛けてきた男二人のうちの一人がこのラクス・フラッターだった。あの時は黒い眼帯レンズは付けていなかった。ユニスは、フラッターの『カラー』が駅で会った人物と同じなのを確認して納得した。
「これからマックス保安官と飲みに行くんだが、君らもどうだ。調査に出るのは明日からだろう。トリエスター教授ならオレたちもよく知っているから、マックスから連絡してもらえば良いさ。この町の名物料理をおごるぞ」
「え、ここ、名物料理があるの?」
ユニスが食いつきかけたら、「明日からの探索の準備があるだろうが」と晶斗に後ろへ引っぱられた。
「また、次の機会にな。ユニス、行くぞ」
名物料理をどうやって食べに行こうかと考えながら、ユニスは保安局を振り返った。そこで情報提供者の風変わりな特徴を、ありありと思い出す。
「あのフラッターっていう人、銃を持っていたわね。マックス保安官も。遺跡地帯で銃を携帯しているのは珍しいんじゃない?」
晶斗は歩きながら、かすかに頬を緩めた。どうやら晶斗は、ユニスがめざとい意見を言ったりしたら、面白い、と思うようだ。
「ああ、たしかに、あれはたぶん、サイメス製だ」
「ちょっと見ただけで、そんなのがわかるのね。晶斗は銃を持たないの?」
蹴砂の町のサイトショップでいろいろと買い込んだが、防護服と装置類がメインだった。武器はガードナイフや小さいナイフ数種類のみだ。
「持つのは都市部の警官だな。歪みの強い場所では、光学系の銃はまっすぐ届かないことがあるんだ。魔物みたいな相手にはほとんど効果がないし。接近戦が多いからガードナイフや剣が利く」
ユニスは晶斗の胸に留めてあるディバインボーンズに目をやった。
「だから遺跡に入る人は、剣やナイフにこだわるのね。でも、あの眼帯のおじさんの銃は、すごく……とても珍しかったみたい。わたし、あんなのは初めて見たわ」
ユニスの意見に晶斗はうなずいた。
「フラッターのは、弾丸銃だったな」
「それは何?」
「金属の弾丸を撃ち出す、火薬系の銃だよ。サイメスでもルーンゴーストでも旧式になるが、遺跡では『使える』んだ。ああいった武器によほどこだわりでもあるんだろう。ただし、弾丸の威力は光線の銃に勝るが破壊力では劣んだ。この前の迷宮での爆弾事件も、爆発物は火薬ではなかった。あれは、たぶんサイメスの……」
ドンッ、と太鼓を一発叩いたような重い音が、晶斗の言葉を途切らせた。
ユニスは、音にも驚いたが、いきなり晶斗に肩を抱えられて止まった。足下から地を這う低い振動が伝わってきて、軽いが余韻が下腹にまで響き抜けていく。
「あの、今のは爆発音なの? どこで?」
ユニスは晶斗から放れようとしたが、晶斗は周囲をぐるりと見回した。
村の上空、灰色の煙がモクモクと上がった方向は、
「南だッ、俺たちのベースキャンプの方角!」
晶斗はポケッと煙を見上げるユニスの右手首をひっつかみ、保安局へ引き返した。
ドアをぶち開けて駆け込む。
「おい、マックス保安官、事件だッ!」
出かけようと玄関ホールで鍵を手にした保安官と、横にいるフラッターが驚いている。爆発音も振動も、建物の中までは届かなかったらしい。
「村の南で爆発が起きた。トリエスター教授のベースキャンプの方だ」
「そりゃ、たいへんだ」
晶斗がマックス保安官と外へ出て、再び広場から見ると、空に立ち上る煙は細くなっていた。
晶斗とフラッターは足が早く、コンパスの差も大きくて、ユニスはたちまち置いてけぼりにされた。マックス保安官が一緒だから良いやと思っていたが、
「晶斗、待って、マックス保安官が!」
ユニスは大声で晶斗を呼び止めた。
ドアを出てすぐの所で、マックス保安官が地面に膝を付き、左胸を押さえて、荒い呼吸を繰り返している。
「う、すまん。急に目の前が暗く……」
ユニスはマックス保安官の傍にかがみ、背中に手を当てた。
「だいじょうぶですか。なんか、持病でも?」
「いや、今朝から忙しくて飯を食ってないんだ。低血糖による立ちくらみだろう」
どうしたって? と、晶斗がしゃがんだ二人の傍へ急いで戻って来た。広場の向こうでフラッターが「マックスなら大丈夫だ」と叫んでいる。
「いつものことなんだ。マックス、先に行ってるぞ。お嬢ちゃんとゆっくり来てくれ。おい、行こうぜ」
フラッターが晶斗を促して駆け出す。
ユニスを振り向いた晶斗の顔に、一瞬、ひどく心配げな表情がかすめた。すぐに感情を読み取れない護衛戦闘士の顔に戻ったが。ふとした拍子に、晶斗はひどく不安そうな、深刻な雰囲気を発する。それは決まってユニスと物理的な距離がひらいてしまいそうなときだ。ユニスは笑顔でうなずいた。
「マックス保安官と一緒に行くから、先に行って」
「――――わかった」
晶斗はフラッターの後を追い、煙の上がっている方角へ走って行った。
マックス保安官はそろそろと腰を伸ばし、立って、大きく深呼吸した。
「やあ、君の彼氏は心配性だね」
「いえ、晶斗は彼氏じゃないし」
「はっはっは、照れなくても。良い男じゃないか」
オレの若いころにそっくりだ、とマックス保安官は生真面目な顔で付け足した。
ユニスは喉元に大きな疑問がせり上がった。晶斗とどこが似ているの?――――とは、これ以上言及してはいけない気もする。もしもそれをマックス保安官から詳しく聞いてしまったら、晶斗が将来マックス保安官のように膨らんでしまうんじゃないか――――という、わけのわからない不吉な想像にかられたので、慌てて考えを頭から振り払った。
ユニスは、マックス保安官の大きな顔を直視しないように注意しつつ、当たり障りのない笑顔でうなずき返しておいた。




