041:マックス保安官
「ここには大陸で保存されている中でも最も古い遺跡がある。定期調査のたびに新しい部屋が発見される、珍しい迷宮でもある」
南黄砂村の保安局前の小さな広場で、トリエスター教授は先に現地入りしていた発掘チームに迎えられた。学術院の学生を含む研究室の面々と、軍の研究室の学者連。ほか、機材の技術者や、医療班を合わせた総勢三十人のメンバーだ。
聖都からの護衛官は、黄砂都市の空港で引き上げた。
そこからは黄砂都市の保安局員が引き継いだが、田舎で人手がないのとで警備は付かず、定時連絡を入れるだけになった。
遺跡地帯の村はどこも似たような風景だ。街道の先は荒涼たる砂地が広がる。
トリエスター教授の発掘隊は、空き家を三軒借りてベースキャンプにしていた。
晶斗が保安局に行くという。
「あまり出歩かない方が良いんじゃないの?」
「どこにいても見張られているなら、この辺りの様子を、もう少し詳しく知っておきたいんでね。情報収集だよ」
晶斗はトリエスター教授に一言断りを入れ、ユニスも一緒に出かけた。
保安局は村の中央広場にある。ユニスは、広場のちょうど反対側から保安局の建物を見て、あっと声を上げた。
「あの二階の窓から、すっごいハンサムな人が覗いてたわ。保安官かしら?」
こういう地域では遺跡管理局が警察も兼ねている。守護聖都から任命される主任保安官の肩書きは、村長と肩を並べる村の名士だ。
晶斗が見上げたときには、窓には誰もいなかった。
「美形に引っかかるのはプリンスで懲りろよ。うかうかしてたら、また呪いのアイテムなんかを贈られたりするぞ」
晶斗に言われて、ユニスは左手の指輪を目の前に持ってきた。
「顔と呪いは関係無いでしょ。これについては日常生活に支障はないし、万が一の場合は、一生付き合う覚悟はできたわ。もし不都合が生じたら」
「外科手術で切り落とすか?」
「これを証拠に、正式に訴えて、莫大な賠償金をふんだくる」
「……それなら大丈夫かな」
晶斗がドアを開け、ユニスが先に中に入った。が、ユニスはくるりと百八十度方向転換して、晶斗のガードベストの硬い胸に、いきおいよく顔面をぶつけた。
「はっ、あたし、どうしてこんな動きを?」
鼻を押さえて呟いたら、晶斗が不審そうに見下ろした。
「おいおい、なにやってんだよ。昨夜の後遺症でまだ気分でも悪いのか?」
「ううん、違う。でもなぜか、今の一瞬の記憶が飛んで……?」
「やあ、ようこそ、南黄砂村へ」
耳障りのいい重厚なバリトンが聞こえた。
ロビーの奥から大きく膨らんだ物体が、ノッシノッシと歩いてくる。薄い砂色の制服の胸に、点と輝く金色の保安官バッジ。腰のガンベルトの右に銃、左にはガードナイフ。年の頃は四十半ばか。
「わたしがここの主任保安官のマックス・ダンだ。人には早撃ちマックスと呼ばれているがね」
マックス・ダン保安官は、端正な目鼻立ちにニヒルな微笑を浮かべた。ただし、顔の周囲の肉は本来の骨格よりも、直径が三センチばかりはみ出している。身長は晶斗と同じくらい高いが、しかし、横幅はゆうに五倍はありそうだ。
保安官を見たユニスは後退ろうとして、後ろにいた晶斗に背中をぶつけた。首を捻って背後を見れば、晶斗も目を真ん丸くしている。
そうして見ること二十秒後に、ユニスはあることに気付いた。
「わかったわ! さっきは、窓枠のフレームに遮られて、顔のまわりのお肉が見えなかったのよ。この保安官は、フレーム・ハンサムなんだわ!」
「……なんだよ、それ?」
ユニスの背中に、わけがわからない、という晶斗の呟きが落ちてきた。この失礼な会話は確実に聞こえていたはずだが、推定体重二百キロオーバーの保安官は大きな腹をゆさゆさ揺らしながら、すばらしい重低音で笑った。
「やあ、かわいいお嬢さん。保安局にどんなご用かな?」
「え? わたし?」
ユニスは、保安官とばっちり目が合ってしまった!
「い、いいえ、その、ええと……晶斗ッ!」
ユニスはすばやく晶斗の後ろに移動した。
「おい、なんで隠れるんだよ?」
「あたし、だめなの。こーいう常識をはるかに超えたプロポーションの人は」
目頭が潤むのを感じながら、ユニスは小さく言った。
「はっはっは、内気なレディだな。まあ、遠慮せずに入りたまえ」
保安官はほがらかに招いた。
ユニスに押される格好で晶斗は進んで名乗り、用件を告げた。
「ここの遺跡分布図と、現在、村に滞在している発掘者の詳しいリストが欲しい」
「君たちは初顔だな。護衛戦闘士と理律使のコンビか。どこかに売り込みかい?」
「俺たちはトリエスター教授のチームだよ」
「あそこは老舗だな。この辺は犯罪事件は少ないが、たまに魔物が出るから、気をつけてがんばってくれ」
マックス保安官は、体型からは想像できない手際の良さで、注文の資料を揃えてくれた。
晶斗は紙の地図を一枚もらい、保安局の端末から左腕の腕輪型装置にコードを繋いで、現在活動中の発掘団と遺跡の詳細なデータをダウンロードした。




