040:昔と今の事情②
晶斗の説明を聞いてから、ユニスは実感のない感想を述べた。
「サイメスって、ルーンゴースト大陸の裏側でしょ。全然違う科学の文明とはいえ、今まで戦争もなかったのに、なんで今頃」
「おいおい、シャールーン帝国のこっちじゃ遠い問題だろうが、オレんとこなんて東邦郡の北の端だから、サイメス関係の小競り合いは多かったんだぜ。オレも軍にいた頃は、取り締まりによく駆り出されたもんだ」
晶斗は喋りながら大皿のフルーツを一人でせっせと片付けている。
「でも、プリンスの目的は失われた女神コルセニーのお墓探しじゃないの?」
ユニスが首を傾げると、晶斗は、ユニスが世界の迷図に入っていた間のプリンスとの会話を簡潔に話した。
「本当の探しものは、失われた記憶とセリオン、というものらしい。意味は不明だ
「セリオンって、確か、『野獣』という意味の古語よ。シャールーンの神話に出てくるの。神代に祖神フェルギミウスが退治した、魔界の怪物の名前。人間に化けるのが得意だったという、たちの悪い怪物ね」
ユニスは教授を見た。こういう話は教授の方が詳しいだろうに、という視線だ。教授は無視し、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
「新聞に、晶斗とあたしの名前は載っているの?」
「無かったよ。昨夜の事件も。記事が間に合わなかったんだろう」
「いや、あるぞ。これがそうだ。君たちの関係した事件の概要が書かれている」
トリエスター教授は新聞を食卓に広げた。
一面に大きく『神聖宮に侵入者』と見出しがある。
――――昨日二十時頃、神聖宮宝物殿にテロリスト二人が侵入、建物の一部を破壊して、国宝数点を盗み出して逃走中。逃走犯の一人はあのサイレント・キャンダーと思われる――――。
他にも戒厳令が発令された事由だの市外の逃走経路だの、昨今のテロ対策事情などがいろいろ解説してある。戒厳令も含めれば、それは新聞の半分を占領した大きな記事だった。――――昨夜のうちに、これだけの内容が用意できるのかと感心できるほどに。
「たしかに時間は同じ頃だが、内容がまったく違うぜ。俺たちが入ったのは神聖宮じゃない。大公殿下の七星華宮だ。それに世界の迷図のことも書いていない」
晶斗は否定したが、トリエスター教授は首を横に振った。
「君たちの話は、それがおかしいんだ。世界の迷図があるのは、いや、あったのは、神聖宮の最上階だ。フェルゴモールの人間なら誰でも知っている」
トリエスター教授に言われて、ユニスも思い出した。七星華宮の中を移動していたときに、空間が歪んだような気がしたことを。
「何か変だと思ったのは、それだったんだわ。プリンスがシェインで七星華宮と神聖宮の空間を繋げたのよ」
「じゃあ、俺たちは、かってに神聖宮に移動させられてたのか」
「だから新聞には、テロリスト二人は神聖宮宝物殿に侵入した、なんて書いてあるんだわ。でも、逃走犯の一人はサイレント・キャンダーって、誰のことかしら」
ユニスが首を傾げると、
「ふむ、どこかで聞いた名前だな」
顎に手を当て、トリエスター教授が呟いた。
「俺も聞いた覚えがあるような気がするな」
晶斗はディバインボーンズを左胸の黒鞘から引き抜き、じっと見た。
「これだ。ナイフに刻まれた文字の『サイレント』。つまり、サイレント・キャンダーのナイフだ」
「ええっ!」
ユニスとトリエスター教授の声が重なった。
「なんで晶斗がテロリストのナイフを持ってるのよ?」
「いや、こいつはテロリストじゃなく、殺し屋だ」
「なんで殺し屋だって知ってるの?」
「政財界の大物の暗殺とか、公でもニュースになった伝説の暗殺者だ。昔、と言っても、俺の昔だから、十年前の話だけどな」
「だから、どうして?…………」
ユニスは混乱したが、トリエスター教授は笑った。
「なるほど、これが売れない理由か。表だろうが闇社会だろうが、オークションに出せば銘が知れる。そうなったら、伝説の殺し屋を倒した護衛戦闘士を倒して名を上げたい輩が、ボウフラのように湧いて出てくるぞ」
「恐ろしいことを言わないでくれ」
晶斗は静かにナイフを鞘に戻した。
ユニスはそれを横目で見ながら、ぽつりと疑問を口に出した。
「でも、どうしてそれをプリンスが持っていたの?」
すると、晶斗がものすごく嫌そうに顔をしかめた。
「恐ろしいことを聞かないでくれ。考えたくもない」
「新聞記事はでたらめよね。伝説の殺し屋がドロボウになったなんて、誰が信じるのかしら」
暗く落ち込むユニスと晶斗とは隔絶して、トリエスター教授は我慢できなくなったふうに、はっはっは、と声を立てて笑った。
「シャールーンでこの記事がでっちあげとわかるのは、ここにいる三人と、セプティリオン大公と、サイレント・キャンダー本人だけだな。彼が生きていればの話だが。目下、そのナイフを持つ者が、サイレント・キャンダーの代理人と見なされるだろう」
「いくら俺でも願い下げだ。この文字を削って売り飛ばすってのは?」
「ディバインボーンズの品物は理紋で構成されている。文字もその一部だ。国家機密扱いの理律職人しか加工できない。それは間違いなく、サイレント・キャンダーの特注品だ。モグリの職人を捜して大金を積んでも、改造できるかどうかはわからんよ」
「じゃあ、晶斗はどうすればいいの?」
「心配いらんよ。まだ誰も知らないから、黙って持っている分には、バレやせん。使うときは周りの目に気を付ける事だな」
教授は出立を一日早めることにして、学術院に連絡した。
守護聖都の市街は気味の悪い沈黙の帳が降り、警察と軍用車だけが行き交っている。STVで報道されるニュースはすべて、逃走中の国家大逆犯二人の追跡番組だ。
トリエスター教授邸には、頑丈なタイヤレスの軍用車が迎えに来た。前後に護衛車が付き、運転手も武装した軍人だ。物々しい警備に囲まれ、ユニスたちはトリエスター教授の発掘隊の一員として、ノーチェックで市街の検問を通過した。
軍の基地のだだっ広い、人気のない滑走路で、ユニスは遠くからの鋭い視線に気づいた。
「誰かが私たちを見ているわ」
皮膚がぴりっと緊張に引きつるような、かすかな視線だ。でも姿は見えない。透視しようとしても、軍の基地にはシェインに対する防御機能があるため、ユニスの能力では視ることができなかった。意見を求めて晶斗を振り返ると、晶斗はユニスの背中を軽く押し、飛空艇の搭乗口へ進ませた。
「ああ、かなり遠いな。基地の外からの望遠だろう。気にすんな、早く乗れ」
晶斗はガードファイターの職業がら、早くから気付いていたようだ。
空の旅は問題なく終わった。
黄砂都市の空港で軍用ジープに乗り換え、昼過ぎには南黄砂村に着いた。
だが、見られている気配は消えていなかった。




