039:昔と今の事情①
シェインの目の透視映像がパッと閃いたと思ったら、プツリッ、と切れた。
ユニスはムクリと身を起こした。完全に目が覚めた。さっきまでのシェインの視点は空中にあり、ユニスのシェインの目とはわずかに視点がズレていた。
ユニスの目を通してここを透視していた人物が、どこかにいる。
昨夜、透視で見聞きしていた光景は、ほとんど思い出せなくなっている。それはたぶん、ユニスの身体が眠っていた間にユニスを媒体にしてシェインの目だけを誰かに『使われていた』せいだ。視る気が無い目の前を、光景だけが通り過ぎたようなものだから、記憶に刻まれていないのだ。
だが、いったい誰が、何のために? あれほど鮮明に透視するためには、強力なシェインを持つシェイナーでも、手掛かりとなる何かがなければ難しいのに……と、そこまで考えて、心当たりを思い出した。
「あ、これか!」
ユニスは左手をゆっくりと顔の前に上げた。取れない指輪。プリンスの呪い、もとい、シェインが込められた贈り物は、プリンスと繋がっている。おそらくはそれがこの指輪に仕掛けられたシェインの効力だ。それならいろいろ話のつじつまがあってくる。
この指輪がユニスの指にある限り、プリンスはユニスの居場所を把握できるのだ。街へ降ろされたのも、プリンスがユニスを通してシェインで空間を繋いで移送させたに違いない。昨夜ユニスのシェインの目を使ったように、ある程度はユニスのシェインを遠隔コントロールすることが可能なのだ。
ようするに、プリンスに四六時中監視されているようなものか――――晶斗にも言っておくべきだろうか、と悩んでいたら、
「よ、おはよう。気分はどうだ」
ちょうど晶斗が部屋に入ってきた。
ユニスはソファではなくベッドに寝ていた。晶斗は、トリエスター教授邸の客室だと説明した。睡眠不足なのか目の下に薄い隈がある。
その顔を見て、ユニスは指輪の件を言わないことに決めた。
シェインはユニスの担当だ。護衛戦闘士の晶斗に相談しても心配のタネを増やすだけ。ようはユニスがプリンスのシェインとコントロールに呑まれないようにすれば良い――――相手の方が恐ろしく強力なシェイナーでも、ユニスがもっとも得意とする透視を制御するだけなら、できるはずだ――――。
ユニスは、おはよう、と晶斗に明るく微笑み返した。
トリエスター教授は朝から不機嫌だった。
玄関へ新聞を取りに行ったら、先に晶斗が回収して朝のコーヒーを飲みながら読んでいたせいだろうか。
晶斗はトリエスター教授に気付くと読んでいた新聞をたたんだ。これでトリエスター教授邸に届いた五紙はすべて先に晶斗が読んだことになる。
「あ、昨夜はどうも」
「ああ…………? よく眠れたかね?」
トリエスター教授は、気さくに挨拶する晶斗の正体を思い出すのに三十秒ほどかかったようだった。
「おかげさまで。ユニスも回復したようだし、感謝してますよ」
そうか、それは良かったと晶斗に言いつつ、トリエスター教授は台所に足を向けて、ギクリと立ち止まった。食卓に、簡単な朝食が準備されつつあるのが目に入ったらしい。
「はて、今日はメイドはいないはずだが?」
「あっ、それはユニスが。おーい、ユニス。俺、目玉焼き二つな」
ユニスは大型冷蔵庫の両面扉の陰からひょいと頭を出した。
「教授は何にします? 両面焼き? ゆでタマゴ? あ、でも、わたし、それしかできないから。コーヒー、入れますね」
ユニスはきちんと自分にできることだけを申告した。そして、彩り鮮やかな大きなサラダボールいっぱいの野菜(冷蔵庫にあったのを切って洗っただけ)と、大皿にきれいに盛りつけられたカットフルーツ(これも切っただけ)を食卓に並べた。
それを見たトリエスター教授は、ますます渋い表情になって食卓についた。
「君らはここで何をしてるんだ」
「なにって、朝めし食うんだけど」
「そういう意味じゃないんだが」
トリエスター教授は、ユニスが運んできたコーヒーを前に、晶斗が読み終えた新聞を取り上げた。
冷蔵庫の前で、ユニスは大きなモーニングカップに瓶から牛乳を注いだ。
「ところで、教授の奥さんは?」
「妻は……実家だ」
本日のトリエスター家の事情。――――を、聞いたユニスと晶斗は、動きをピタリと止めた。
トリエスター教授が新聞から顔を上げたら、ユニスの視線とぶつかった。ユニスの方は同情に満ちていたが、晶斗はさりげなく目をそらしている。
いたわりの空気が漂っているのを感じたのか、トリエスター教授は、慌てて新聞を閉じた。
「おい、誤解しているだろう。妻は私が長期の出張だから里帰りしているだけだ。今日私が家にいるのは、聖都での用事を片づけるために臨時で戻っただけで」
「あ、いえ、別に疑うつもりじゃ……」
硬い笑顔で手を左右にぱたぱた振るユニスに、トリエスター教授は怒りを圧し殺した声で答えた。
「き・み・ら・に、ラディウスの代金を払うために、わざわざ戻ったんだろうがッ」
「あ、そうだっけ。じゃあ、ここで取引しますか?」
「無理だな。戒厳令で銀行は閉鎖中だ。学術院も閉まっている。南黄砂村から戻るまで待つんだな」
「それって、なんのこと?」
首を傾げるユニスに、晶斗が昨夜のトリエスター教授の申し出を説明した。
二人はユニスが眠っていたと思っている。ユニスも透視の事は言っていないし、すでに薄れた夢のような記憶になっていたので、始めから説明してもらわないとわからなかった。




