03:遺跡法(サイトロー)
遺跡法。それは、ルーンゴースト大陸にあるすべての国の共通の規定であり、大陸の人間ならば国も民族も関係なく、物心がつけばすぐに叩き込まれる知識だ。
『何人も、遺跡に近づくべからず』――――その成り立ちは古く、人間が『歪み』と『遺跡』に遭遇したときから始まったという。
歪みとは、自然現象のひとつだ。物質や時間などの物理法則を無視した、目には視えない空間だ。ある日、どこからともなく現れて人や物を呑み込み、この世から消し去ってしまう。その行く先は神のみぞ知る。死の痕跡さえ残らない。時には、消えた人や物品が戻って来ることもある。だが、それは極めて稀なケースで、しかも消えた時と同じ場所に出現するとは限らず、消えていた間の時間経過も同じではないという。
そんな歪みの中には、出入り可能な門を持つものが存在する。大きさはさまざまだが、似通った構造パターンを持つ内部は、広い通路が縦横に交錯する迷宮となっている。
それが遺跡だ。
ルーンゴースト大陸の歴史は、遺跡と共にある。古代文明が現れた頃より、巨大大陸に林立する国家間の摩擦は、古代から中世後期に至るまで、長い間続いていた。しかし、遺跡に関してだけは、大陸全土を巻き込んだ戦乱の時代でさえ、敵国の垣根を超えた特例の協定が結ばれていたのである。
「固定化された遺跡の門は、誰にでも見える。地図があれば、観光客も探検できるが単独で入るには、資格が必要だったはずだ」
晶斗はのんびりした口調で説明した。
観光用の遺跡は、内部の異次元空間、すなわち迷宮の通路が変化しないように専門家の手で歪みを調整し、出入口の門は岩壁や地面に縫い止めて視覚化させてある。それを遺跡の固定化〈フィクト〉という。
「未成年者は、許可証を持った大人かツアーガイドが一緒でないと、無害な『固定遺跡』にも入れない。そうだよな?」
そう促す晶斗の目は、嫌みに細められている。
ユニスは動揺を悟られまいとして、逆に顔が強張ってしまった。うかつに表情を動かせば、ヒビが入りそうな気がする。
「いや、その、わたしって、童顔で若く見えるけど、これでも先月二十歳になったから、大人だもの。それに遺跡は慣れてい……」
ユニスはハッと口を両手で押さえた。
「じゃあ、保安局に通報しても問題ないな。未発見の遺跡から、女の子が出現したって」
完全に晶斗のペースだ。
「ウッ、それは……」
ユニスは卓上でぎゅっと拳を握った。
昼間、晶斗は炎天下の砂地に倒れていた。ユニスよりも一足先に、同じか別かはわからないが、どこかの遺跡から出てきたのだ。それがよりにもよって、ユニスが探検して出てきた遺跡の出入口のすぐ前だったのは、晶斗にとっては一生に一度の大幸運、ユニスにとっては運の尽きだったとしか言いようがない。
「あそこは有名な遺跡地帯よ。未発見の遺跡の三つや四つ、いえ、数え切れないくらいあるんだから。特定なんかできないわよ」
ユニスは冷や汗をかきながら反論を試みた。
晶斗はあっさり同意した。
「たしかに、俺だって、どの遺跡から吐き出されたかなんて、覚えていないさ。わかっていることはわずかだ。俺に唯一残された装備の軍用時計によれば、俺が遭難してから約三ヶ月の間、迷宮をさまよっていたらしいって事だけだ」
晶斗は左の拳を突き出した。その手首に巻かれているのは、いかにも頑丈そうな無骨なデザインの腕時計だ。時を刻んでいるのが不思議なくらいキズだらけだが、遭難中、これだけが晶斗の相棒だったという。
「遭難中の記憶はほとんど無いんだ。どうして生きていたのか、いつ外へ出られたのか、自分でもわからない。でも、あの灼熱の砂漠で倒れていたら一時間と持たないから、遺跡から出たのは、君と同時くらいだったんだろうな」
晶斗は動けなかった。生還したという喜びも湧かず、意識が遠のいていった、その時だった。
一条の光線が、真昼の空間を切り裂いた。
大人の目線ほどの高さに、金色に輝く空間の裂け目! と、そこから人の形をした七色の陽炎が躍り出た!……。のが、遺跡から飛び出したユニスだったのだ。
砂地に着地して額の汗を拭うユニスの頭上で、空間の裂け目は消失した。
「死にかけてた俺には、一生忘れられない光景だったな。君、盗掘専門のコトワリツカイだろ。しかも、あんな処を目撃されるなんて、三流以下のお粗末さだ」
晶斗はこらえきれないようにぷっと噴き出し、肩を小刻みに震わせて笑った。
ユニスは胸の奥がギュッと縮むような痛みを感じた。目の前が真っ赤になる。
仮にも命の恩人に向かって、盗掘者呼ばわりするなんて。コトワリツカイって、なんだ、その変な呼び方は?――――――許せない!
「馬鹿にしないで、わたしはまともな理律使なんだから!」
いきなりの大声に、周辺客が一斉に振り向いた。