038:神の骨製の武器(ディバインボーンズ)
「守護聖都を出るなら方法は一つだ。明日、私は、遺跡の定期調査に行くんだが」
トリエスター教授は、ふいに口調を改めた。
「行き先は黄砂都市の、南黄砂村だ。アカデミアと政府の合同研究だから、たとえ戒厳令下でも年間計画に変更はない。移動は軍用機だ。守護聖都の包囲網を抜けるにはこれしかないぞ。一緒に来るかね?」
トリエスター教授の思いがけない申し出に、晶斗はごくりと唾を飲み込んだ。
「いいのか、俺たちはシャールーン帝国のお尋ね者だぞ?」
晶斗は訊き直したが、トリエスター教授はうなずいた。
「気になるなら、明日の朝の報道で判断したまえ。あの大公殿下が戦闘服で軍刀を装備していたなら、その場で君たちを処分した方が手っ取り早い解決法だったはずだ。君たちを生かしておきたい特別な理由があるはずだぞ」
トリエスター教授の説明を聞いた晶斗は、銀の星の光のような冷厳な美貌の騎士だったが、とプリンスの容姿についてやけにロマンチックな感想を呟いた。
「顔に似合わず、物騒なやつなんだな。あいつはユニスを護れと言ったぞ?」
「ふむ。最も重要な問題は、そこにあるのかも知れんな」
「俺たちを重罪人に仕立て上げたんだぜ。百パーセント味方とは思えない」
「だが、君らは生きている。今後の行動はよく考えてから動くことだ」
「言われなくてもそうするさ。まずはこいつからだ」
晶斗は、ガードベストの左胸に留めたナイフの鞘の留め金をはずし、テーブルに置いた。
「あんた、確かシェイン研究の大家でもあったよな。これの使い方、わかるか?」
「ナイフの目利きはせんぞ」
「ディバインボーンズ、神の骨製の武器だよ」
トリエスター教授の目の色が変わった。
「見せてくれ!」
ナイフを鞘ごと左手で摑み、右手で柄を掴んで丁寧に鞘から引き抜いた。顔の前に立て、慎重に指先で白い刃をなぞっている。鋼の艶は銀を帯びた白い骨の色。大人の掌より少し長く、片刃の幅は大人の指二本分くらい。ガードナイフの形としては、スタンダードなデザインだ。
「ほう、本物だ。刃も鍔も柄も、まさしく神の骨だ。この世で最も硬く鋭いナイフに間違いない。グリップに銘があるな。サイレント。ナイフの銘か、あるいは持ち主か、制作者名か。どこで手に入れた?」
「大公殿下にもらったんだ。初めは報酬の一部だと言われてたのが、これでユニスを護れときた。だったら、遠慮なく使わせてもらうまでだ。俺がこのナイフに何かをすれば『主人』と認められ、神の骨の特性を自由に使えるようになるんだよな。あまり詳しくは知らないんだよ」
トリエスター教授はナックルガードのある握りと柄を丹念に調べた。柄頭を指先でつまみ、左に捻る。蓋が外れた。中に直径一センチほどの赤い丸石がある。
「浄化して初めの血を授けた者の、しもべとなる。これだな。この石に血を一垂らしか! だが、これはもう使役の契約が済ませてある。石の色が赤く変わっているからな。浄化されたら白いはずだ。主人を失えば黒く濁る。君の血じゃないのか?」
「俺は何もしていない。プリンスのかな?」
トリエスター教授はナイフの柄頭の蓋を閉め直してナイフを黒鞘に収め、テーブルに置いた。
「こいつは主以外は使えないナマクラだ。鉄より硬いが、リンゴを切るのがせいぜいだ。ほかの特性は、試せばわかる」
晶斗がその柄を取った、直後、ナイフの鞘が弾け飛ぶ、と、トリエスター教授が椅子ごとひっくり返った。
テーブルに、白く長い片刃の剣が突き出されていた。
晶斗の手の柄から伸びた白銀の太刀だった。
その白い剣の切っ先は、教授の顔のあった空間をみごとに貫いていた。
青い顔で起き上がったトリエスター教授は、椅子を立て直した。
「……きみは、わたしを殺す気か!」
ぶるぶると体を震わせている。恐怖もあるだろうが怒りの方が強そうだ。
晶斗は気まずそうに手元に視線を落とした。白いナイフは、ナックルガードも柄も長剣にふさわしい長さと太さになっている。
「わるかった。まさか本当に伸びるとは思わなかったんだ」
見るまに長剣の刃が短く縮む。晶斗は床に落ちた鞘を、すばやく拾った。
椅子に座り直したトリエスター教授はガウンの襟を直した。顔色は青いが、冷静さを取り戻したようだ。
「ナイフの主人は間違いなく君だ。浄化済みのものを手にして、怪我でもしたか」
「覚えがないな」
「だとしたら、方法まではわからないが、大公殿下の仕業だろう。直接会う機会があれば訊いてみるんだな」
「……そうだな。明日、また考えよう」
晶斗はソファで眠るユニスを見に来た。いつまでも、じっと眺めている。
乙女の寝顔をそんなに見ないで欲しいな――とユニスは困惑していたが、透視が途切れないままに、いつしか意識が眠ってしまった。




