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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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036:戒厳令

 ユニスは眠っていた。起きたいのに起きられなくて、暗闇の中で懸命にもがいていると、晶斗の声が聞こえてきた。


「…………というわけで、ここへ来たんだよ」

 晶斗は銀のポットから(ぬる)くなったコーヒーをカップへ(そそ)ぎ、一息に飲み干した。

 十二人掛けの大テーブルの、晶斗の前にはまな板があり、その上にはパンとハムの大きな塊がでんと置いてある。長いテーブルナイフでパンの塊を大きく切り分けている。分厚いハムを挟んでかぶりついた。もぐもぐと口を動かしながら、三杯目のコーヒーで流し込んでいる。


 突然、視えたあまりに鮮明な光景に、すぐにシェインの目による透視だとわかった。ユニスの身体は眠っているのに、シェインの目だけは冴え冴えとして、広いリビングの片隅のソファで眠る自分の姿までもが視えている。

 コーヒーの芳しい香りが鼻先に漂ってくる。ユニスも猛烈にお腹が減っているのに。――――どうして、目を醒ませないのだろう。


「おおよその事情はわかったが……」

 晶斗の向かいには、トリエスター教授が座っていた。白い長袖パジャマに葡萄酒(ぶどうしゆ)色のガウンを羽織(はお)ったトリエスター教授の顔つきは、かなり厳しい。

「私の()たてでは、ユニス君には異常がない。理医に見せても診断は同じだ。世界の迷図を破壊したので、ひどく疲れたんじゃないかね。朝になれば起きるだろう。しかし、だからといって、なぜ私の所に来るのかがわからんがね」

 学者らしい広い額には紛うことなき青筋が立っていた。


 ユニスは自分の状態について、しばらく考えた。

 ふと頭に浮かんだのは『過労』という単語。どうやら、世界の迷図の踏破で、体力を使い果たしたらしい。生存本能が最低限の体力が回復したと納得するまで、動けないようだ。だが、――――それならなぜ、シェインの目を使って晶斗たちの様子を透視しているのだろう?

 

「仕方ないだろ、(ほか)に当てがなかったんだし」

 晶斗はユニスを抱え、訳のわからぬまま、高度一万二千メートル上空の神殿から聖都の街頭に放り出されたのだ。

 街は閉じて、戒厳令(かいげんれい)の不気味なサイレンが響き渡る。外出を禁じられた人人は息すら潜めて家にこもり、封鎖された道路を行き交うのは軍隊と警察だけだ。

 神聖宮で気絶してから目覚めないユニスを、晶斗は手持ちのセンサーでチェックしてみた。だがユニスからは、シェインによる目に見えないダメージや薬物反応などは、何も検出できなかった。


「こんなユニスをつれて街を彷徨(うろつ)けないだろ。ユニスの友達の家はわからんし」

 とはいえ、路地裏に座っていても仕方がない、移動しよう、と晶斗がユニスを抱き上げたとき。

 ユニスの胸の上にカードがあるのに気づいた。

 それは、トリエスター教授の名刺だった。裏面を向けると、街を上空から見下ろした小さな風景が立ち上がる。三次元立体映像の地図だ。

 教授の家は同じ街区の高級住宅街だった。地図を頼りに移動する途中、検問をいくつも見たが、いずれも市街へ抜ける道に設けてあり、用心しいしい路地裏を行く分には、見咎(みとが)められはしなかった。


 教授は呆れた顔でうなずいた。

「検問は聖都を封鎖するからな。今頃はここ以外の怪しい建物を、軍と警察がかたっぱしから立ち入り検査しているはずだ」

「大陸一の学術院(アカデミア)教授の特権か」


 晶斗は褒めたつもりが、教授の細い眉は不愉快げにしかめられた。


「わたしが留守なら、どうするつもりだったんだ?」

「窓のひとつもぶち破って、一晩隠れていようかな、と」

 悪びれた様子もなく晶斗は応えた。

「教授こそ。どうやって聖都へ戻ったんだよ? 俺たちは始発の特急列車で来たんだぞ」

「わたしは軍のヘリを使ったんだ。あれなら三時間で着く」

 それも政府の仕事であれば、シャールーン国内ならどこであろうと、一直線のコースを取れる特権付きだ。遺跡がらみの緊急事態なら、皇宮殿の上空さえ飛べるという。

「いいご身分だな。俺たちは昨日からプリンスに振り回されてへとへとだったってのに」

 最後のパンを呑み込んで、晶斗は背もたれにそっくり返った。

 トリエスター教授は首を(ひね)った。

「それがわからん。君らはプリンスに雇われたと言うが、そのセプティリオン大公こそ、発掘どころじゃないはずだ。昨日も休暇中に、外交問題で呼び戻されたと聞いている」

 晶斗は鼻先でせせら笑った。

「あの美形、見かけによらず忙しいんだな」

 教授の目が軽蔑(けいべつ)を帯びた。

「きみ、ニュースを見とらんのか?」

「ここ十年ばかりは」

 しれっと応えた晶斗に、トリエスター教授は「やれやれ」と大きな溜息をついた。


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