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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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33/81

032:昔と今

 ルーンゴースト大陸最古にして最大の都、守護聖都フェルゴモール。

 長い歴史の中、破壊と再建を繰り返した都市だ。街中の建物は、伝統的な建築様式のものばかり。その風景は、何百年も昔の中世の面影をそのままとどめ、聖なる都にふさわしい威厳と風情を(かも)し出している。


 皇宮殿とは、シャールーン帝国皇帝とその直系一族が住む大宮殿の総称である。


「マユリカ、こんな遅くから皇宮殿の観光に入れるの?」

 ユニスは左側の助手席で、窓から外を眺めていた。黄昏ゆく住宅街の風景は、夜の休息を準備している。

「夏の夜は庭園をライトアップしているのよ。維持費稼ぎの一端ね」

皇宮殿の広大な庭園や豪華な宮殿は国が管理している。その一部は、美術館や博物館として一般公開されていた。

 皇帝の直系親族以外の皇族の生活費は、国家予算からは出ない。そのため外戚となる人人は、贅沢な住居の維持も難しく、先祖伝来の財産を食い潰すか、自ら働いて稼ぐしかない。貴族制度も残ってはいる。だが、今後新しく任命されることはなく、いずれ無くなるだろうと言われている。


 現在のルーンゴーストは、東邦郡(オリエント)も含めた百以上の連合国家だが、それぞれ政治機構は異なる。

 シャールーン帝国は、大陸で唯一の立憲君主制の国家だ。

 皇帝を頂点とする大帝国である。ただし、昔と違い、皇帝は君主としての実権はあるが、帝国の象徴だけの存在になっていた。最も強い権限は議会と国民投票にある。皇帝の座も、世襲制ではあるが、最終決定権は国民にあった。


「閉園は午後十一時よ。それを見に来たんでしょ、彼氏と」

 マユリカが訊ねた。

「いやだから、晶斗は彼氏じゃないってば!」

 ユニスは顔の横で激しく手を振った。晶斗はと言えば、この話題にはもはや口を挟まず、助手席の後ろの後部座席でニヤニヤしながら聞いている。

「なにいってんの。親友にまで照れなくてもいいじゃない。冷凍少女(フリーザーガール)のユニスが」

「その冷凍少女ってのは、どういう意味だい?」

 ここぞとばかりに晶斗が食いつくと、

「子どもの頃、学校を一夜で氷漬けにしたのがこのユニスよ」

 打てば響くマユリカの答えが返った。

「ちょっと、マユリカッ!」

 ユニスは目にもとまらぬ早業で運転席のマユリカの首に腕を回し、締め上げた。

 マユリカはグエッと呻いてハンドルを切り損ね、車は激しく蛇行した。


「わ、やめろ、あぶない!」

 晶斗は横からユニスを羽交い締めにし、マユリカから引き離した。

 マユリカは大きく深呼吸しながら、すばやくハンドルを切り直した。

 晶斗はじたばた暴れるユニスをしっかり捕まえ、マユリカに(たず)ねた。


「マユリカさん、大丈夫か。で、ユニスが、学校を氷漬けにしたってのは、具体的にはどうやったんだい?」

 

「マユリカでいいわよ。わたしも晶斗と呼ばせてもらうわ。このくらい平気よ、ユニスの暴走には慣れてるから」

 マユリカは、(しと)やかな美女の外見を吹き飛ばすような豪快さで、わっはっは、と笑った。

「ユニスのことを知らない人も珍しいけど。ユニスはね、七歳の時、次の日のテストが嫌で、学校を大きな氷の塊にしちゃったの。子ども時代は新聞の一面を何度も飾った、シャールーン帝国の有名人なのよ。すごいシェインの才能の持ち主なのに、シェイン関係の奨学金もスカウトも、ぜーんぶ断わっちゃったのよ~」

 

 完全に黙り込んだユニスから、晶斗は手を放した。

 ユニスは窓の外へプイと顔を向けた。


「スカウトというと……もしかしてルーンゴースト学術院(アカデミア)かな?」


 晶斗の声からは面白がる響きは消えていたが、気づかずにマユリカは話した。


「シェイナーを必要とする機関は全部よ。学術院はしつこかったわね。ユニスは早くから目を付けられてたから。でも子どもだった時は、勉強が大嫌いだったから、断ったのは仕方無いわね」


「つまり、この国の国家機関はすべて、ユニスのことは、よーく知ってたわけだ」

確認する晶斗に、マユリカはうなずいた。

「そうよ。あれだけ派手な子ども時代を過ごしておいて、今さら謙虚(けんきよ)になっても、栄光の歴史は消えないわよ」


「――――マユリカ、それ以上喋ると、絶交よ」

 地の底から響くようなユニスの声に、マユリカは天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を凍りつかせた。ユニスはバックミラーに映る親友の顔を睨んだ。運転席の肩を掴んだ指先が一センチほど食い込んでいる。


「あら、やだ、真剣に怒っているの? フェルゴモールではよく知られた伝説だから、今更じゃない?」

「あんたが広めたんじゃないでしょうね?」

「わたしに訊く人はいないわよ。帝国はシェイナーが多いから、そういう話は特に流行(はや)るの。ユニスは今年もあちこちのスカウト計画に入ってるわよ。勧誘に成功したら、賞金がもらえるの」

「あたしは賞金首かッ。どこでそんな噂が出てるのよ!」

「業界の裏話ってヤツよ」

 晶斗が前に乗り出して割り込む。

「それだけ有名なシェイナーなら、当然、あの大公殿下もご存じだよな」


「もちろんよ。プリンスはシェイナーとしてもトップにいる方だもん。ユニスのことは昔からよくご存知だわ。直接会ったことは無くてもね」


 やがて皇宮前広場に着いた。あちこちに大型バスが停まり、ぞろぞろと降りてきた観光客が、団体用の門に並んでいる。

「はい、これ、招待券ね」

 マユリカは広場の端で車を止め、非売品と印刷されたチケットを二枚、ユニスに渡した。

「どうして、こんなのまで用意してあるの?」

「ユニスに会うって言ったら、上司がくれた。うちの職場も自由に見学しに来ていいって」

「しっかり勧誘してるじゃない」

「それでね、庭園に入ったら順路の途中の月の彫刻のある噴水で、立ち入り禁止の方へ行くのよ。星を象った白い煉瓦の道を歩いて行けば、プリンスの七星華宮に続いているから」


 ユニスは手渡されたチケットを握りしめ、真剣にマユリカを見つめた。

「あんた、そこまで聞いて、普通じゃないとか思わなかった? もう一度訊くけど、ほんっとうに、臨時ボーナスのために、親友を売ったりしていないって、良心に誓える?」


「あたりまえでしょ……でも、次の機会はなんとかして、一緒に連れて行ってね」

「次って何の事よ、マユリカ?」

 会話が噛み合わない。ユニスは泣きそうになってきた。

 マユリカはチケットを握るユニスの手を自分の両手で包みこむように、ぎゅっと握った。眼がちょっと怖い。


「プリンスと偶然、遺跡(サイト)で出会って、お茶に招待されるなんて、まさに僥倖(ぎようこう)だわ。確かにこれがバレたら、国中のプリンスファンに命を狙われるかもしれないし……」

 

 マユリカとは皇宮殿前の広場で別れた。

 ユニスと晶斗は観光客に混じって、皇宮殿へ入園した。


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