029:宝珠と帰還者
「すごいわ。自分じゃ絶対、予約できない特別な個室にただで乗れるなんて」
ホテルのスイートルームのようだ。ソファやテーブル、ミニバーのコーナーに専用トイレとシャワー室もある。
ユニスが入ろうとしたら、晶斗は片脚で壁を蹴り、通せんぼした。
「ちょっと待った! 先に俺のトランクを出してくれ」
開け放ったドアの前で、左手の黒い腕輪の甲を室内に向ける。手首装着型の探査機だ。
「ただほど高い物はない、て言うしな。……よし、異常なし。入っていいぞ」
中に入ると、晶斗は足下にトランクを置き、ドアをぴったり締めて鍵をかけた。
「個室でさいわいだ。トイレもあるし、守護聖都に着くまで絶対に出るなよ」
「どうして?」
「用心のためだ。さっきのヤツらだってラディウス狙いかもしれないだろ」
探査機では足りないのか、晶斗は室内をざっと点検して回った。
ユニスはあちこち見て回ってから、ソファに弾みをつけて座った。
「さっきは何を調べたの?」
「トラップほか、盗聴器や、人体に影響を与える可能性のあるあらゆる電子機器と、シェイン仕様の機器があるかどうかだよ」
「ふうん、護衛戦闘士ってそういうこともするんだ」
「また呪いの指輪みたいな特別室だったら、どうする?」
晶斗はじろりと横目をくれた。
ソファに深々と背中を預けていたユニスは、しゃきっと背筋を伸ばした。
「でも、まさかプリンスが……」
「もっと用心しろよ。さっきの大騒ぎを忘れたのか。ああいった連中は、お宝が町を出たくらいじゃ、あきらめないぞ」
晶斗はトランクをソファ横のテーブルに置き、ユニスの向かい側に座った。
ユニスは右手首を軽く上下に一振りした。
見えない理律のポケットから、ラディウスをつかみ出す。ひょいと上向けた手の上に、淡い金色の珠が光っている。透き通った中心には、赤金の炎めいた光が、生き物の鼓動のようにちらついていた。
「これにどんな価値があるのかしら?」
「俺も、実物を見るのは初めてだが、遺跡の出土品の中でも超レアものらしいな。東邦郡には、軍の博物館に一つだけ、最高機密扱いで保管されているって話だ」
遺跡という迷宮の中の、さらなる不可解な空間『迷図』にある宝珠。そこから取り去れば迷宮は崩壊する。遺跡にとって貴重な要には違いない。
ユニスは右肩口に珠を投げた。珠は理律のポケットに隠され、手が空になる。
「そうよね。さっきの人たちも、すごく怪しいわよね。偶然乗ったこの列車で晶斗をスカウトしようとしたのよね。ラディウスのことは何も言わなかったけど」
「あっちは護衛戦闘士の勧誘だろう。トリエスター教授も言ってたように、俺の噂が広まっただけだ」
「ふーん、晶斗の噂ね」
ユニスはにんまりして繰り返した。
「その噂の『帰還者』って、本当は、どんな意味があるの?」
晶斗は不意を突かれたらしく、軽くのけぞった。
気まずい沈黙が降りた。
ユニスは訊いたのを後悔し始めた。謝ろうかしら、と悩み始めた頃に、晶斗がやっと重い口を開いた。
「帰還者は、遺跡と強い縁ができるらしい。苦労して探さなくても、帰還者の前に遺跡が現れるそうだ。それも、お宝の見つけやすいタイプがね」
晶斗はやや前屈みになり、指先を組み合わせた。
ユニスは答えてもらえたことにホッとして、ソファにもたれて腕組みした。
「晶斗は生きた遺跡探知機ってわけ。晶斗自身がすごいお宝よね。なのに、なんでさっきの人たちは勧誘をあきらめたの?」
「俺は、君というシェイナーと組んでいるからだ。護衛戦闘士の仕事は、いったん契約したら、完了まで他の仕事はできない。雇い主の命をあずかる仕事だ。信頼関係が大事だからな。契約を途中で解除できるのは、雇い主だけだ」
「本当にそれだけ?」
「ああ」
晶斗がうなずく。
そう言われると、ユニスにも思い当たる節はある。
「だから、町で追いかけられていた時も、わたしじゃなくて、晶斗の方へ行った人がいたのね。わたしの方は、ラディウス以外だと、町に滞在中に毎日デートしろとか言って、付きまとってきた変な人たちしか混じっていなかったし……」
晶斗は目と口をあんぐりと開けた。
「お前…………今まで、そんな危ない橋を渡って来たのか…………」
晶斗は、言葉に出してはそれ以上言わなかったが、目つきが恐ろしく怒っているようで、ユニスは首をすくめた。
「だって、一人だったから、しょうがないでしょ。逃げるのは自信あるし、晶斗を雇った後は……周りが静かになったなー、と、安心したけど」
ユニスの告白に、晶斗はがっくりと肩を落とし、両手で顔を覆った。
「なによ、その反応は」
ユニスがむくれると、晶斗は下を向いたままで顔から手をはずした。その表情から察するに、笑っていたらしいが、
「いや…………動くなよ」
ユニスは頭を動かさずに、晶斗の視線の先を追った。
晶斗が鍵を掛けたはずの、廊下へ出るドアが細く開いていた。




