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02:蹴砂(しゅうさ)の町

 ユニスは運ばれてきた甘い香りの香料茶(スパイスティー)を前に、大きな溜息を吐いた。


 今日はついてない。

 やっとホテルに戻ったら、楽しみにしていたレストランのランチタイムメニューは三十分前に終わっていたし、順番待ちをしてからやっと席に案内されたら、店内は西の窓から差し込む夕陽で濃いオレンジ色に染まっていた。もう夕食の時間だ。外はすぐ夜になる。あっという間に一日が終わってしまった!


 と、ティーカップの上に、人影が落ちかかった。

「さっきはどーも。俺のことわかるかな?」

 いつの間に来たのか、ユニスの左側に、背の高い男が立っている。

 ユニスは黙って男を見上げた。お茶の時間だろうと警戒は怠っていない。なのに、気配を感じなかった。何者だ、この男は?

「ええ、なんとなく。お髭は無いけど、砂漠で行き倒れていた人ね」

 ユニスが冷たく横目をくれると、彼は口元をかすかに歪めた。


晶斗(あきと)・ヘルクレストだ。よろしく、お嬢さん」


 晶斗はさっさとユニスの左隣の椅子に座り、くつろいだ様子でユニスを眺めた。

「ふうん…………こうして見ると、君って典型的なシャールーン帝国人だよな」

ユニスの長い髪は明るい金茶色だ。瞳は髪より少し濃い金茶色。肌色は抜けるように白い。これはシャールーン帝国ではごくありふれている。感心されるほど珍しくもない。

「当たり前でしょ、ここは帝国の西の端っこだもの。それよりどうしてここに座るの。招いた覚えはないわよ」

 ユニスはちょっとムカついた。こんなふうにジロジロ見られるのは慣れていない。自分では、普通より少し可愛いめの美少女系だと自負しているが、シャールーン帝国の美の基準である大人びた美女タイプとはかなり遠い自覚がある。

「そうつれなくしないでくれよ、助けてもらった礼を言いに来たんだぜ。命の恩人が美人で、俺ってホントに幸運(ラッキー)だった。そのミニスカートは見つけやすかったよ」

 晶斗は愛想良く笑いかけてきた。拾った時はとぐろを巻いていた黒髪は短く刈られてさっぱりしたが、痛んでいるからボサボサだ。黒くりりしい眉に切れ長の目は瞳の色も黒い。鼻筋はすっきり通り、唇は薄め。なかなかレベルの高い、異国的(エキゾチック)な男前と言っていいだろう。

 ただ、額や目元は日焼けして赤いのに、髭の剃り跡は痛痛しいほど白く、頬がゲッソリこけている。痩せすぎだ。百八十センチはある長身と良い体格なのに、バランスが悪い。真新しい白い長袖シャツと黒いズボンは保安局でもらった着替えだろうが、ヘロヘロにくたびれたガードベストは砂漠で見つけたときと同じものらしく、防護の役に立つかどうかも怪しそう。おまけに、全身から滲み出す疲れきったような雰囲気ときたら、ものすごく憐れをさそう。


「ミニスカートって……いつの流行よ? これはチュニックスタイルよ。下はレギンスをはいてるわ」

 時代遅れにもほどがあると、ユニスは呆れた。次元の不安定な遺跡の中では時間がずれることもあると聞く。晶斗はいったい、いつ、どこで、遭難したのだろう?

「へえ、そうなのか。あんまり砂漠向きじゃないね。だって、観光客は普通、あんなのだろ」

 晶斗は周りのテーブルを、横目でチラリと見た。


 周囲の観光客のほとんどは午後の散歩に砂漠観光に行ってきた帰りだった。陽よけの長袖と膝下まである長靴(ブーツ)という、砂漠観光専用の定番ファッションだ。それに比べてユニスは、裾の短い白い薄地のチュニックスタイルにレースの靴下、靴は足首までのショートブーツ。およそ実用とはほど遠い、都会風ファッションである。

「わたしの趣味はほっといてよ。あ、でも、回復して良かったわね。で、わたしに何か御用?」

 わざとぶっきらぼうに応じてから、ユニスは甘い花の香りがするスパイスティーを一口んだ。砂漠に咲く赤い花のお茶は、古くから貴婦人の愛用品だ。常飲すれば吐息も甘い花の香りに()まる。ついでに鎮静作用にダイエット効果も有りとは、近年新しく発見された薬効であった。


 ユニスのトゲトゲしい雰囲気を感じたらしい晶斗は、大きく肩をすくめた。

「お礼を言うついでに、売り込みに来たんだよ。俺は東邦郡(オリエント)の出身なんだが、護衛戦闘士(ガードファイター)天狼(シリウス)ってのを、聞いたことはないか?」

晶斗は探るように訊ねてきた。期待半分、不安半分という感じだ。

「残念ながら、シリウスなんて聞いたことも無いわ。だいたい護衛戦闘士とは縁が無いし」

 ユニスが無邪気で素直な回答をしたら、晶斗は失望の色を隠さなかった。

「たはっ、その様子だと本当らしいな。君も知らないんだ。さっきの保安局の若いのも知らんと言ってたしな……」

 晶斗はぶつぶつ言いながら両手で頭を抱え、天を仰いだ。


「あー、つまり、シリウスってのはさ、天の狼って意味で、東邦郡で一番の……護衛戦闘士の称号みたいなもんだ。俺が仕事で使っている通り名だよ。一般向けのすごいニュースになったこともあるんだけど、ホントに、ホントに、知らないのか?」


 晶斗はユニスの顔を熱心に見つめた。だが、ユニスがまったく表情を変えないので今度こそガックリと肩を落とした。

「ぜんぜん知らないって。それにしても、(そら)を駆ける狼が砂漠で遭難しちゃ立つ瀬がないわね」

「そりゃー、そうなんだが。あ、この辺は、東邦郡のニュースは入らないのか」

「まあ、無理ね。ここは、シャールーン帝国でもすごい辺境のド田舎だもの」

 シャールーン帝国の面積は、ルーンゴースト大陸の半分を占める。一国としては惑星最大の巨大帝国だ。この蹴砂の町は黄砂都市と呼ばれるオアシスシティ郡の一つである。

 安全な遺跡観光が売り物の観光地だ。

 だが、ほんの数百年前までは、無数の未踏破遺跡が浮遊する危険な遺跡地帯であり、発掘ブーム全盛期は多くの発掘隊でにぎわっていたという。

 その名残で、町一番の老舗(しにせ)ホテルは、現在も快適な宿泊施設と娯楽設備を(ほこ)っている。女性の一人旅でも楽しめるリゾート地でもあるのだ。

「で、何の御用かしら、ヘルクレストさん。わたし、これでも忙しいんだけど」

 ユニスのよそよそしい口調に晶斗は残念そうに顔をしかめ、テーブルに両肘(りょうひじ)を付いた。

「いいから、晶斗と呼んでくれよ。なあ、俺を雇わないか?」

「や・と・う?……って、どういうことよ?」

 ユニスが反射的に体を退()いた距離分だけ、晶斗はテーブルに身を乗り出した。


「つまり、俺は今、無一文なんだ。手っ取り早く、仕事と金が欲しい。俺の職業は護衛戦闘士で、この遺跡地帯では、遺跡探検家のガードは護衛戦闘士の仕事だ。お互いの利害が一致すると思わないか、ユニス・リンネさん?」


 ガシャン、と、ユニスは右手に持っていたカップを受け皿にぶつけてしまった。

「やだ、どうして、わたしの名前を知ってるの。教えてないわよ」

警戒心むき出しで晶斗を睨む。保安官には名乗ったが、晶斗に聞こえる場所では名前を言わなかったはずだ。

「拾得物届けにサインしただろ。偶然見えたものはしょうがないじゃないか」

保安局でユニスがサインをしていたとき、晶斗は医務室で治療を受けていた。保安官が書類をすぐ大きな引き出しに片付けたのをユニスは見ていた。


「さては、盗み見たのね。あれは、保安官が、あたしがサインしないと拾得物には治療を受けさせられない、なんて、変な理屈を言うから、仕方なく書いたのよ。仕事探しは他でやってくれるかしら。わたしはただの観光客だから、護衛戦闘士なんて必要ないもの」


「へええ、そんなこと言っていいのかなー?」

 晶斗はチロリと流し目をくれた。ユニスは緊張で口の中が乾いてきた。晶斗のあの表情、あれは、効果的な切り札を持つ者特有の、絶対的自信に裏打ちされた余裕ではないか。…………ものすごく嫌な予感がする。

 晶斗はさらに距離を詰め、ユニスに顔を近付けた。

「ルーンゴースト大陸遺跡共通管理協定。略して遺跡法(サイト・ロー)っての、知ってるかい?」

 うぐっと、ユニスは吸い込んだ息を止めた。

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