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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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28/81

027:駅までの遠い道②

「屋根に上がるわ。つかまって!」

 ユニスは晶斗の左腕を掴んで地面を蹴った。


 ルーンゴースト大陸の人間は、古来より危険な空間の『歪み』を理律(シェイン)で制御することにより、暮らしている。人間が住まう集落の入口には守護理紋を刻んだ柱が立てられ、家屋の基礎には守護理紋を刻んだ石が置かれた。

 その慣習は、遺跡地帯の居住区でも都会の街でも、今も連綿と続いている。


 ユニスは晶斗の左腕をしっかり持って、重力を無視して軽軽と、三階建ての家を見下ろす高さに飛翔した。

 これは、シェイナーにしてはやや変則的な方法だ。

 町中では、守護理紋が歪みを調える作用が強い。

 ゆえに、空間の歪みを人為的に引き起こして利用する空間移送などは、シェイナーの力が強ければ行使できるが、強すぎれば守護理紋を破壊する。力が弱ければ、シェインでは何もできないだけだ。

 あるいは、シェイナーが守護理紋に負けて潰される危険があった――――。


 ユニスが狙ったのは、町中に無数に仕掛けられた守護理紋の影響下にある空間のわずかな狭間、その空白地帯に発生する無害な隙間だ。この空間をうまくすり抜ければ、守護理紋には接触せず、またシェインをむやみに消耗することなく空間移送できるのだ。


 二人で足をそろえて着地したのは、街路樹のすぐ横にある家の屋上だった。

 この辺りは住宅街だ。三階建て以上の家屋は少なく、その屋上は、砂漠に近い町特有の平たい造りになっている。建物は密集して建てられているので隣家との間は一メートルも開いていない。

 駅は、ここからまっすぐ北の方向にあった。

 

 次のポイントへ空間移送しようとして、ユニスはハッとした。急に体が重くなった。大地の引力をダイレクトに感じる。透視で視る目的地への映像画面が、砂嵐の光景のように暗い灰色に乱れた。理紋の狭間が視えない!

「だめ、何かシェイン系の邪魔をされたわ。今は隙間を跳べない。駅はあそこだから、走って!」

「よしっ、あっちだな!」

 屋根の上を全力疾走だ。屋根から屋根へと走り移る。

 先回りして行く手を阻む者は、晶斗が殴るか蹴り倒した。

 街道は追跡者でいっぱいだ。

「いたぞ、こっちだ! ラディウスを寄越しな」

「おい、逃げるなよ、そっちの帰還者の兄さんにも悪いようにはしないからよ」

「お断りよ!」

 ユニスが金切り声で断り、晶斗が足蹴にしてスタコラサッサと走り去った。

 それでもなお、ちょっと待てラディウスをよこせ取り引きしよう。似たりよったりの台詞が四方八方からコーラスのように重なって聞こえてくる。お嬢ちゃんデートしない?とかいうふざけたセリフも多少混ざっているが、無視して進んだ。


 駅がやっと見えてきた屋上で、よじ登って来た三人を晶斗が殴り倒している間に、ユニスは先へ進もうとしたが、

「うわッー、と、遠いッ!?」

 危うく落ちかけ、屋上の端で踏みとどまった。

 隣家との距離が一メートル、いや、二メートル近く開いている。下の道を追いかけてきた男たちが、ユニスの悲鳴を聞いて笑い声を立てた。落ちろよ受け止めてやる、お代はラディウスだよー、とヤジが飛んできた。

「うるさいわね、ほっといてよッ」

「おい、早く行けよ、何してるんだ」

 最後の一人を殴りとばして、晶斗が叫んだ。

「だって体が重いし、あっちまで距離があって。きゃあッ!?」

 後ろから走ってきた晶斗は止まらずに、右腕をユニスのウエストに巻いた。いきなり体が持ち上げられる。晶斗は右腕一本でユニスを抱き、屋上の端を蹴って、跳んだ!

 力強い跳躍に、グン、とユニスは体を持ち上げられ、空中へと運ばれた。悲鳴も出なかった。晶斗はユニスを荷物のように持ったままで、次の建物の屋上に、難なく着地した。

 だが、そこまでだった。

「ちっ、ここからは下に降りないとだめか……」

 晶斗はユニスを放した。

 蹴砂の町の駅は、すぐそこだ。大通りと駅前広場を挟んだ目の前なのに。

 建物の列は途切れていた。


 薄暗い街灯で照らされた真夜中過ぎの広場には、続続と人が集まっていた。


 保安局はすでに出動していた。広場のあちこちに保安官らしき製服姿が見分けられたが、取り締まるには人数が多過ぎる。それでも保安官の姿は抑制になったらしく、ユニスたちのところへ上ってくる者はいなくなった。今は皆が牽制しあい、ユニスと晶斗がどうするのか、成り行きを見守っている。


 ユニスは広場の光景を見て、拳をギュッと握りしめた。

 急いで町を出なければ。

 このまま朝を迎えれば、この蹴砂の町ではさらにひどいラディウス争奪大戦争が勃発する。

 こうなったら町の護りに引っ掛かろうが、民家の守護理紋を破壊する危険があろうが、強引なシェインを駆使して、一気に駅まで跳ぶしかない。

「晶斗、わたしにつかまっ……!?」


 一個の人影が、遠くの屋根を飛んだ。


 建物の上を走るその影が、明るい月光溜まりに(さら)されたとき、ユニスは見知った白い魔物狩人の姿を見分けた。


「おい、あれ、あいつか?」

 嫌そうに顔をしかめる晶斗に、まさか嘘でしょ、とユニスも呟く。

 ラディウスの追跡者たちも、気付いたようだ。大勢の注意が、ユニスと晶斗から外れた。


 ユニスの居る屋上から右へ一ブロックほど遠い場所の、高い屋上に立った白い魔物狩人は、スラリと太刀を抜いた。

 その刃が月光を受けて白銀に光る。

 刹那、凄まじい轟音が起こった。

 駅前広場の全域に、もうもうたる土埃が舞い上がり、辺り一帯を覆い隠す。

 建物も何も見えなくなった中で、悲鳴と怒号が飛び交った。


「なっ!?」

 ユニスは仰天して広場を見下したが、目視では土煙に遮られる。シェインで透視すると、広場を取り囲むように、大きな溝が地面に穿たれていた。土埃の成分は、えぐられた地面の土も入っているが、ユニスのシェインには、空間移送で持ってきた砂漠の砂を、広場上空からぶちまけたように読み取れた。


「げほっ、何なのよ、これ!? 晶斗、わたしの近くへ来て!」

 ユニスは体の周りにシェインのバリアを張った。

 柔らかな金色の光がユニスの頭から足先までをくまなく包む。埃や砂を完全シャットアウトするフィルター機能付きだ。ユニスの傍に来た晶斗にも、ユニスを包む光から腕が延び、晶斗の全身をスッポリ包んだ。

 シェインの消耗を抑えているので、体をぎりぎり包むだけのパワーしか使っていないが、質は強い。

 シェイナーではない晶斗にも、薄い金色の光は見えただろう。

 呼吸を確保して安心したら、


 ドォーンッ、と腹の底に響く音が聞こえた。

 

 ユニスと晶斗は、ギョッとして固まった。


 一拍遅れて、パラパラと雨が降ってきた。広場の片隅にあった尖塔が破壊されている。尖塔の中腹部分には大穴が開けられ、巨大な噴水さながら、大量の水を天に向かって噴き上げていた。


 駅前広場はパニックになった。群れていた人人は駅から離れるように我先に逃げ出した。

 ラディウスの争奪戦どころではない。

 このまま広場でグズグズしていたら、公共施設の広場と、町の大切な水道施設である尖塔の破壊容疑もプラスされて、保安局に事情聴取されかねない。


「チャンスだ、今のうちに降りて行こうぜ」

 晶斗は「こっちだ、急げ」と建物の、広場とは反対側から降りるように促した。

「あいつ、お忍びが聞いてあきれら。あんなに目立って良いのかよ……?」

 このときの晶斗の呟きに、まったくその通りだとユニスも思った。


 駅前広場を直線でつっきる事はできなかったので、十分ほどかかって駅前広場とは反対側の改札口まで遠回りした。

 始発まであと五分。ものすごい勢いで駅改札に駆け込んできたユニスと晶斗を、 早朝出勤した駅員はあっけに取られて見送っていた。


「ん?」

 と、ユニスは止まり、辺りを見回した。

 駅構内はしんとして、駅員以外に人は見当たらない。

「おい、止まるな。もう時間がない」

 晶斗が慌てて戻って来た。

「誰かに見られている気がしたんだけど」

 ユニスは晶斗に右腕を引かれて走りながら、キョロキョロした。

 確かに『(カラー)』を感じた。

 人間には、個人個人で異なるその人特有の色合いというものがある。それは、読み取れるシェイナーならば、個人を間違えることなく認識できる目印だ。今さっき感じたのと同じものを、ごく最近、どこかで感じた覚えがあった。

 シェインで透視を試みても、何かに邪魔されるようで、視線の主をたどれない。

 いったい、誰だろう?

「あいつか?」

 晶斗が振り向いた。ついでにすばやく背後を確認している。構内の人はまばらだが、追っ手が改札を突破してくるのは時間の問題だろう。

「いいえ、シェインのカラーが違うわ。さっきの広場にいた人はプリンスと背格好が似ていたけど、本物じゃないわ。それに、監視の視線はもう一つあるわ」

 ユニスが思ったまま答えると、晶斗は腑に落ちたようにうなずいた。

「影武者か。自分の『影』に護衛までさせるとは、君は宰相閣下にとって、代わりのきかない重要人物ってわけだ」

「まさか、変なこと言わないで。守護聖都に行くのが怖くなるじゃないの」

 ユニスは背筋が寒くなった。守護聖都フェルゴモールにはユニスの家もあるのに、家に帰るのが怖くなりそうだ。

 晶斗がふいに、ユニスの腕を放した。自由になった右腕を引っ込めようとしたら、すばやく右手を取られ、今度はしっかり手を繋がれた。

「で、もう一つってのは、誰だ?」

 晶斗は、あっちだ、と十二番ホームの案内版を左手で指差した。

「わたしのぜんぜん知らないカラーよ。しかもシェイナーじゃない」

 晶斗から舌打ちが聞こえた。ユニスの右手を握っている晶斗の手に、一段と力がこもる。

「まったく、ややこしいのに狙われてるな。とにかく、列車に乗って考えようぜ」

 なによ、わたしのせいじゃないのに。

 ユニスはむくれながら、負けじと晶斗の手を強く掴み直した。


 普段は使用されていない第十二番線には、鮮やかなメタリックブルーの列車が停車していた。

 高い笛の音色にも似た汽笛が鳴った。

 発車時刻だ。目の前で閉まりかけた最後尾の車両の扉に晶斗が手を掛け、こじ開ける。

 二人して列車の乗降口になだれ込んだとたん、扉が閉まった。


 シェイン仕様の特別列車は、守護聖都に向けて出発した。


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