026:駅までの遠い道①
「出るぞ。遅れるなよ」
晶斗はサイトショップの建物の陰から道を確認すると、すぐに頭を引っ込めた。
「だめだ。しかもこっちは裏稼業みたいな雰囲気の連中が集まってる。さすがにこの人数を俺一人で倒すのは無理だわ」
「なんでこうなるの……」
ユニスは頭を抱え、積み上げられた木箱の陰にしゃがみこんだ。
太陽がまだ昇らない午前3時。
蹴砂の町の暗い街道は、人でいっぱいだった。
この辺鄙で小さな町のどこに、これだけの人数が滞在していたのだろう。
一目で遺跡探険に関わりが深いとわかる格好をした、大半は護衛戦闘士らしき男たちだ。それが、こんな夜中に大勢で、さして広くもない街道をうろつき回っているなんて!?
守護聖都行き特急列車の特別切符は、夜明け前の始発便だ。
移動は用心に越したことはない、との晶斗のアドバイスを入れ、昨日のうちに、ユニスはホテルへ、昼にチェックアウトすると嘘の連絡をしておいたのだが……。
「くっ、こうなったら…………シェインで飛んでやる」
ユニスの暗い宣言に、晶斗は冷ややかな眼差しを向けた。
「だからさ、それ、ホテルでも相談しただろ。こんな町中でどうする気なんだよ?」
町は人間の居住区だ。特に遺跡地帯に近い土地では、古くからシェイナーによって、歪み避けや空間を調える理紋が土地のあちこちに施されている。
シェイナーの空間移送とは、人為的に歪みを作り出す力の応用だ。歪み避けの効力が介在する場所では、シェイナーは空間を操ること、すなわち人為的な歪みを作り出すことはできない――というのが通説だ。
しかし歪み避けの護符や理紋といえど、絶対ではない。
ようは力の強さの問題なのだ。その場所にある理紋を凌駕するシェイナーであれば、シェインの行使は可能である。実際、ユニスの能力はこの土地の守護理紋よりも強い。砂漠から町外れとはいえ保安局まで晶斗を空間移送したのだ。
「郊外ならともかく、歪み避けだらけの町の中心部だぞ。君の能力が強いのは知っているが……」
「裏技を使うわ。プリンスとの約束を破って殺されるより、力の限り努力する方がマシだもの」
町中で空間移送のような空間を歪めるシェインをむやみに使用するのは、遺跡法にも入っている禁止事項だ。違反すれば3年以下の懲役、またはその者の年収に応じた罰金刑が課される。
「なに、あいつ、聖都に来ないと殺すって脅してきたのか?」
「ううん、そんな脅迫はされてない。けど、もし、プリンスの予定通りに聖都に到着してなかったら、それに近い目に遭わされそうな気がすると思わない?」
ユニスはストレートな推測を述べただけだが、晶斗は「そこまで正確にあいつの腹黒そうな性格を読めてたのなら、なんでみすみす呪いの指輪をはめられたんだよ」と聞こえるように呟いて、大きな溜息を吐いた。
「ホントに君はむちゃくちゃだな。いいぜ、次はどうしたい?」
ユニスはまず、晶斗が左手に持っていた遺跡グッズを収納した中型の黒いトランクケースを、理律のポケットに収納した。他の荷物は、ホテルで荷造りしたときに先に片付けてある。
手が空いたところで、ユニスは晶斗へ右手を差し出した。晶斗の左手としっかり握る。はぐれないでね、と念を押す。
「町の理紋は、1つの理紋の効果範囲が重複しないように一定の間隔を開けて設置されているの。つまり、理紋と理紋の間には、わずかだけど、シェインの効果が届いていない隙間がどこかにあるのよ」
その隙間を狙って、短距離のジャンプを繰り返し、駅までの距離を稼ぐのだ。
「せーのっ!」
世界が真の暗闇に暗転する。完全なる無音と冷ややかな空気が満ちたその空間にいたのは、まさに瞬間。
ユニスは晶斗を連れて、夜中の暗さと外気の中に戻っていた。
一瞬でも真の暗闇に浸った視力には、月光さえも眩しい。
目を細めて月を見たユニスの横で、晶斗が前のめりに膝を突いた。
ユニスは晶斗の手を掴んだままで傍にしゃがんだ。
「ごめんなさい、だいじょうぶ?」
「すまん、着地のバランスが取れなくて……え? この場所は?」
ユニスは立とうとする晶斗の手を握り、立たなくても良いと合図した。
「しッ! サイトショップから3軒離れた建物の屋根の上よ」
足下は白く硬い床だ。広さは20平方メートルくらい。端の方は膝くらいの高さの壁で囲まれている。
右方向に、泊まっていたホテルの3階部分から上が見える。左の方は蹴砂の町の目抜き通りだ。駅まで続く街道沿いに、商店の平らな屋根が延々と連なっている。
「わたしの計算では、短いジャンプをあと10回くらい繰り返せば、駅前へ着地できるはずなの。続けて飛ぶから、絶対に手を放さないでね。遺跡の中での移動と違って、こっちの方が難しいから」
「了解」
晶斗は、ユニスの手を握る手に力込めた。
「次はあっちの尖塔の上に出るわよ。いちにの、さんッ!」
尖塔は町の方方にある水道施設の建物だ。
フッと真の暗闇に包まれた、次の瞬間、足下に硬い感触。
空しか見えない尖塔の上、でもそこに居たのは一瞬のこと。
晶斗が「ぐ」と潰れたカエルみたいな声を出したが、ユニスはその手をグイと引っ張り、目の前にある木製の酒樽の陰に連れ込んだ。
「今度はだいじょうぶ?」
「慣れない。あとどのくらいだ?」
「あと7回耐えて」
屋根の上。建物と建物の壁に挟まれた1メートルほどの隙間。駐まっている砂漠ジープの後ろ。酒場の裏に積まれた大きな酒樽の陰。街道に生える街路樹の、道に面していない裏側。
残り2回――――ユニスと晶斗は街路樹の幹に身を寄せた。
動けない。
街路樹とは反対側の沿道に護衛戦闘士みたいな人たちが、ぞろぞろとやって来たのだ。ざっと数えて30人ほど。ほとんどが探査機片手に、なにやらチェック中だ。あれがシェインを探知する装置だとマズい。この近さで空間移送を使えば、察知されるのは確実!
「おい、反応はあったか」
「一瞬、反応が出たのに消えたぜ。妙だな、2人がホテルを出たのは確認したのに」
ユニスと晶斗がホテルをチェックアウトしたことが、しっかりバレている。
「ちっちゃい女の子でもシェイナーだからなー。うまく隠れながら移動してるんだろうよ。おい、そっちはどうだ?」
誰がちっちゃい女の子よ、と毒づくユニスの口を、晶斗はすばやく右手でふさいだ。
「だめだ、それらしいのは通らなかった。あの護衛戦闘士が女の子を連れて町から出たんじゃないか?」
「でも、移動するなら駅を使うだろう。駅までの道は別のチームが押さえているぞ」
やっぱり捜されている。しかも、複数のグループが手を組んだようだ。
いくつかの人影が街路樹の向こう側をサッと行き過ぎた。
ヒヤリとしたその直後、
「あーッ、そこにいるのは……!?」
発見された第一声は、頭上であがった。3階建ての小さな町中のホテルだ。その2階の窓から、護衛戦闘士らしき格好の男がユニスと晶斗を見下ろしている。
「いたぞ、ラディウスの女の子だ!」
やっぱりユニスの噂は広がっていたようだ。




